第42話才女

☆☆☆




 細身の男は目の前の男、レイモンドが優秀だと理解しておきながら、あえて小馬鹿にするように問いを投げる。




「おっさん。あんたのご自慢の部隊に、こいつを加えて一斉突撃でもさせる気か?」




 優秀な男と、狭量な人間はイコールなケースが多い。


 また、アルベールの付き人ぐらいの認識の男の言を無視するようでは、物事の本質を見落としてしまう。


 この男に、それだけの器量はあるのか?と、わざとらしく悪態をついた。




「そうではない。アルベール殿ほど名が知れた英雄が動けば、王国は元より、周辺諸国にも牽制ができる」




 長く貴族階級の中で生きてきたレイモンドからすれば、貴族が今何を一番欲しているかなど手にとるようにわかる。


 彼らが今一番欲しているのは、功績である。


 東国側に位置するこの地には、人の行き交いはもちろん、商人すら立ち寄らないがらんどうと化した国々が加速していた。


 理由はシンプルなもので、安全地帯を求めて中央大陸へと移動しているからだ。


 そんな状況化にて、ただでさえ噂に名高いベルモンド領に一騎当千の男が加わったと知れれば、彼らはその功績目当てにいとも簡単に掌返しするだろうと考えたからだ。




「だがそれは、あんたが貸しを作ったことになるんじゃないか?」




「ああそうだろうな。だが、我々はそんな事を言っている場合ではないのだ!このままでは、人類が滅びるのだ!」




 レイモンドが真剣に話をする対面で、アルベールが茶菓子のバスケットを抱えながら平らげる。


 そして、アルベールもどうやら辺境伯を気に入ったように前のめりになる。




「フハハハ!気に入った!ワシは主を気に入ったぞ!面子や情勢に思い耽ることは確かに大事だ。だが、それで友を失うようでは本末転倒だ!決めたぞ!ワシはちっとばかし手を貸してやることにしたぞ! 」




「本当ですか!」




「ああ、もちろんだ!お主もいいだろ?寄り道ぐらい?」




「ああ別に構わないよ。まぁ、どっちみちここは滅びるだろうけどね」




 二人が同調し意気投合してる中で、細身の男は面倒くさそうに悪態をつき続けた。




「何だ何だ、またそんな事いいよって。そんなものやってみんとわからんだろうが?」




 その行為にアルベールは眉を顰め、訝る。




「ここから少し南に下ったところに、確かにエルフの森があった気がするが」




 細身の男は、壁にかけてあるこの辺では珍しく正確に模写された地図をちらりと見て言い放つ。




「ああ、それがどうした?」




 アルベールが呆然と返すと、細身の男はレイモンドを見て。




「リザードマンの次は、そっちが攻めてくるぞ」




 と、冷静に言い放つ。


 そのアンサーにレイモンドはすかさず割り込んで。




「馬鹿な。彼らは温厚な種族だ。自らで交戦するような種族とは思えませんが」




 少し、いや、彼ほどの高潔な男がここまでたじろぐのも珍しいだろう。


 本当に心の底から動揺しているわけではないが、長らく貴族階級の中で味わった苦悩と失望の連続にあった彼が、五十手前にしてこの程度で驚くのも不自然だ。


 細身の男からすれば、その彼のとる行動の一つ一つを見るだけで、彼が周辺諸国の調査は元より、他種族の正確な位置情報まで掴んでいる優秀さに素直に感動する。


 ましてや相手はエルフ。そんな魔法に長けた種族を相手に、どうやって所在を掴んだのか問いただしたいレベルである。




「そうかな?俺は、わざわざエルフの郷から抜け出して、あんなところに移り住んでる種族が温厚とは思えないがな」




 細身の男の中にある見解からして、おそらくエルフ達は潜伏している。


 本来であれば、もうこの時点でおかしいのである。


 彼らがわざわざ別の森に住み着くメリットがないからである。


 加えて、もし彼らがこの辺に居を構えたとして、それが細身の男の耳に届かないのも不自然だった。


 エルフ達はレイモンドがいった通り、好戦的な種族ではない。


 それ故、彼らは自ら森に近寄った者達に牽制し自分達の存在をアピールする。


 つまり、エルフ達が移り住めばどんな凡愚な主君だろうと周知の事実となる。


 だが、細身の男が知る限りそんな情報が耳に届いた記憶はない。


 つまり彼らは、自分達の縄張りに入り込んだ人間を追い返すこともなく、ただひたすら息を潜め明くる日をむかえるまで潜み続けたのだ。




「何か根拠があるようですね。話していただけますか?」




「エルフは基本温厚な種族だ。それは間違いない。だが、彼らは人間を憎んでいる。どうやら人類種以外の種族は、エルフも人間もドワーフも、どれも見分けがつかないらしい。


それら有象無象共と同一視されるのが気に食わない種族、それがエルフ様だ。つまり、彼らがわざわざリザードマンが統べるその地に来たのは、万が一リザードマンが敗れたときの保険と言ったところだな」




 細身の男はみみっちい種族の話を適当に済ませる。




「つまりそれは……」




「まぁ、どっちみち滅びるってことだな」




 細身の男のいった言にはまったくもって根拠も証拠もない、ただの張りぼてだらけの机上の空論に過ぎながった。


 だが仮に、細身の男の妄想が真実ならば、人類はまた一歩絶滅の扉を開いたことになる。




「じゃあ、我々はどうすれば――」




 細身の男が吐き散らかした妄想劇は、レイモンドをアルベールの対面のソファーに項垂れさせるだけの効果を発揮した。


 そこに、細身の男が神言するように告げる。




「簡単だろ?エルフと同盟を組めばいいだけだろ」




 鷹揚と、メイドが運んできた紅茶を味わいながらいう。




「馬鹿な。そんなできるわけが」




 全身の力が抜け、朧げな視線で細身の男を見ながら言うと。


 細身の男は笑みを浮かべ、




「そのためにコイツがいるんだろ?」




 と鎧の男を指しながらいう。


 辺境伯は失笑した。




「なるほど。あなたには、私を凌ぐ知略がありそうだ。この一件、あなたに任せても構わないでしょうか?」




「お好きに」






「そうですか。ならば、私からもう一つ頼まれてくれませんか?」


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