第41話ベルモンド領


★★★






 細身の男は一足先に村を出て、アルベールとリザードマンが一戦を繰り広げた戦禍へと足を運ばせていた。


 それは、アルベール・ラファーガという男の残滓を自分の目で確かめるためだ。 


 細身の男は心の中で一言『なるほど』と呟いた。確かにアルベールという男は、伝説に名を連ねる偉丈夫であった。


 死骸の山から見て取れる斬撃の一つ一つは、見事なまでに美しい。


 細身の男は変わり果てたリザードマンを前にそんな事を考えていると、アルベールは極めて愉しそうに登場する。


 細身の男は思わずため息を漏らす。


 やっぱりか。と心の中で言い、アルベールを見ると。




 「よし、そろそろ出かけるとしようか!」




 と、やはり自分の立場を理解していないような口調で堂々と宣言する。  


 アルベールが細身の男に比べて一足遅れたのは、アルベールの口から村長や豪族を直接説得させるためだった。


 用は、しばらく遠出する適当な理由をでっち上げてこいと言うことだ。


 だがそんな事を言い出しその日には、慰留工作に転ずることは容易に想像できた。


 しかしこの男、アルベール・ラファーガがその程度の戯言に耳を貸す男ではない。それらすべてを跳ね除け、己の意志を堂々と宣言し、颯爽と立ち去ったのだと理解した。


 細身の男はあえてその話題に触れず、憐れな肉塊とかしたリザードマンの骸を指し。






「これがリザードマンなのか?」




 と問う。




「あ?ああ、そういえばそんな種族だったか?上位種族とか村の連中は言っていたが、ワシには人間とあまり大差ないように見えたがな」




 細身の男はフッと笑う。


 男は理解していた。


 リザードマンがけして弱いわけではないと。おそらくではあるが、今活動している種族では間違いなく最強クラスの化物である。


 そんな種族にそう吐き捨てた男に、思わず笑けてしまった。




「それは吉報で何より、人類にとってはな。ま、化物と遭遇したこいつらの不運を呪うしかないな」




 アルベールはそう言ってしゃがみ込むと、リザードマンの族長らしき男から何かを剥ぎ取った。




「お主、一体何をしとる?」




「見て分かんねぇのか?戦利品を頂いてるんだよ。弱者の私物をいただくのは、強者の特権だろ?」




「あ、ああそうなのだがな。別段、お主が討伐したわけでもなかろうが」




「いいんだよ。小せぇこと気にすんなよ。少なくとも、俺は気にしない」




「小さい?ほう。小さいか。ハッハッハ!やはりな。お主、最高だな。」




「……」




「お主の目は、あ奴らとは違う。力がある。己で奮起し、好転させる意志がしかと見えたわ。人間はそうでなくてはいかん。」




――――ベルモンド領




 レイモンド・ウィル・ベルモンド辺境伯が治めるベルモンド領は東国に位置しており、今最もリザードマンに侵攻を受けている地域の一つであった。




 そんな中唯一落城することなく押し留めている東国最後の都、それがベルモンド領だ。


 しかし、そのベルモンドもそう長くは保たないだろう。


 レイモンドの巧みな戦術と彼が執り行った政策で何とかここまで凌いで来てはいたが、それも限界に来ていた。


 それは




 「あーー!なぜわからない!東国にあった人類の国々が、リザードマンに滅ぼされ続けているのだぞ!なぜここまで来て協力しようとは考えんのだ!このままベルモンドも落ちれば、人類はもっと追い込まれるのだぞ!くそ!くそ!くそ!くそ!無能共が!」




 ひとえに無能な貴族共のせいであった。


 レイモンドがリザードマンに対抗する策として挙げたのは、彼が仕える王国はもちろん、周辺諸国の国々を含む大連合を作ることだった。


 レイモンドは王国に名を連ねたその日よりこの勧告を続けてはいるが、未だに通らずジリジリと王国は力をそがれていた。


 レイモンドからすればまったくもっと理解できなかったが、連戦したリザードマンが自領に来るまでの戦力ダウンを恐らくは狙っているのだろう。


 貴族達にとってはまさに予定通りといった感じだ。


 リザードマンが人間の領域に侵攻すると同時に、とある伝説が耳に届くからだ。


 それは、アルベール伝説。


 アルベールが大軍勢を壊滅させるより以前から、アルベールがリザードマンを狩ったことはよく耳にしていた。


 領主などと交戦した後に、群れから逸れたリザードマンを狩り殺したと勘違いしているためだ。


 人類はリザードマンに負けはしているが総数的には圧倒的であり、リザードマンは一般人でも刈り取れる程度の者も総動員しなくてはならないほど追い詰められている。などと、トチ狂った考えをしていた。


 対人類ならばそうな考えには至らないだろうが、人類より知能に欠けたリザードマンならばやりかねないなどと、都合の良い解釈をしていたためだ。


 また、リザードマンの性質的にはそれが当てはまっていた。


 それは、リザードマンには『撤退』が存在しなかったからだ。勝つか負けるかそれ以外にない種族が、『一般人にも負ける程度の戦力を動員するほど追い込まれている。』という先程の説にたいし、より信憑性があるなどとだ勘違いをより増長させた。


 ならば、自領に来る頃にはなんの問題もない。という思考回路の人間に何を語り聞かせても意味がなかった。




 そのせいか、ベルモンド家始まって以来の奇才として家中ではもっぱらの噂ではあったが、王国内では変人と知られていた。 




「コンコン」




 レイモンドが自室で頭を抱えていると、唐突に扉から音がなる。




「入れ」




 レイモンドが平静を取り戻しフゥーと息を吐き出と、執事が入ってきた。




「レイモンド様。少し、お耳に入れておきたいことがありまして」






 ―――――ベルモンド領 大通り




 「ほほーう。なるほどなるほど。これはたまげたわい。まさか、こんなバカデカイ都市があるとは考えてもおらんかったわい。ほんでお主、何やら武装した連中が多い気がするが、これはどういう了見だ?」




 見慣れない景色、初めて目にする珍妙なアイテムや装備が並ぶ街中にて、常人なら萎縮して端っこをキョロキョロと歩く新天地にて、アルベールと細身の男はこの街の主が如く堂々と闊歩する。




「ここは、ベルモンド領だからな。」




「ほう。つまり?」




「ここは傭兵都市と呼ばれていてな。たいてい魔法が使える連中はここに集まる。」




「そうなのか?」




「ああ。ここを治めるレイモンド辺境伯は意外に優秀な男でな。彼が治めるようになってから、爪弾きされてきた者達にあった職業ができたんだ」




「なるほど。つまりそれが傭兵ということか」




「そゆこと」


 


 東国は古からリザードマンの侵攻に悩まさてきた国であった。


 そのためレイモンドは幼少の頃よりあらゆる書物を読み耽り、何とか自領を守れないか日々模索していた。


 そんな幼少の頃より耳にしたとある噂に興味があった。


 それは、人間が魔法を使ったというものだ。


 レイモンドが目にしてきた書物にも似たような伝説が記されており、彼が当主になって始めに取り掛かったのは、魔法を扱える者たちの招集であった。


 その甲斐あってか、十年が経つ頃には傭兵都市などと呼ばれるまでになっていた。


 東国に位置するベルモンド領がこれまでリザードマン達の侵攻を退けてこられたのも、彼らの力が大きい。




「ならば一回、そのレイモンドとかいう男に会っておかねばならんな。」




「会えないだろ?」




「そんなもんわからんだろ?もしすると――――」




「止まれ!貴様らを連行する」




 アルベールと細身の男は、唐突に三十人近い人数に囲まれた。




―――――ベルモンド邸




 「ほら、会えたではないか」




 「連行されたけどな」




 二人が連行された先は、意外にもベルモンド邸の応接室だった。


 武器も装備品も取り上げられることなく、ベルモンド邸に足を踏みれてからは、メイドによって丁寧に案内された。




「手荒な歓迎ですまない。少々火急であったが故、どうか許してほしい」




 そう言って席に座るように促すと、二人はなんの警戒もなしに堂々と座った。




「で、ワシらを呼んだからにはそれなりの問いがあるのだろ?悪いが、ワシらにも予定ちゅうもんがあるのでな。なるべく早めに切り上げてくれると助かるのだが」




 アルベールは礼節をわきまえることなくその言葉を言い渡し、アルベールと貴族の男の間にある茶菓子を豪快に一掴みしもって行く。


 その間、細身の男の視線は室内をグルリと一周する。




「では、早速内容に入らせていただきます。


あなた方はリザードマンを知っておりますか?


今、リザードマンと我々ベルモンド領は長く戦争状態が続いております。どうか、あなた方のお力をお借りしたいのです」




 細身の男にはわかっていた。


 レイモンド辺境伯が求めている力は、アルベールただ一人だけ。


 あなた方などと言葉を使ったが、辺境伯の目線が細身の男に向けられたことはない。


 だが、それを細身の男は不快だとは思わない。


 それは事実であり、自分がこの男を惹きつけるほどの魅力がない方が悪い。


 また、この男はそこそこアルベールについて調べているらしい。


 見返りを提供することなく意志を伝えた。


 ここで下手に、叙勲などの話を上げたところで無意味だと理解していたからだ。


 『ならば』と、細身の男はフッと笑い会話に口をはさむ。




「確かこの街には、辺境伯ご自慢の傭兵達がいた気がするが、そいつらとリザードマンとの力量の差はどれだけあるか聞いてもいいか?」




 


 「は、はぁ。そうですね。3対1ならば戦える程度の力の差でしょうか?相性によりますが」




 細身の男の中で、ただでさえ高い辺境伯の評価がここにきてまた一段と跳ね上がる。


 細身の男が街中をぶらつきながら見た、傭兵達の評価と似通っていたからだ。


 これから共に戦うかもしれない相手に虚言を吐く事をしなかった点が、細身の男の中で高評価に繋がった。


 貴族はメンツで生きている。


 ここで嘘をつくような男では、この先信用ができない。


 それにレイモンドと名乗るこの男は、細身の男が想定するより遥かに優秀な男であった。




「なぁお主。傭兵とかいう連中は、魔法が使えるのだろ?」




「ええ、そうですが?」




「じゃあ、街の中心部にあるあの建物はそれに連なる組織か?」




「おそらくですが、それは魔法院ですね。」




「魔法院?」




「はい。まだ幼い者や魔術に不慣れなものがあそこで勉強をしているのですよ。他にも、様々な知識や教養を身につけられる組織としております」




「なるほど。それらの優秀な人材が、いずれはこの国の柱になるのだな」




「ええ」






 おそらくだが、傭兵を用いた商売をしているのだろう。


 でなければ、傭兵達と長年敵対してきたリザードマンとの力量の差がわかるはずがない。


 細身の男はここでさらに憶測を立てる。


 この街は、細身の男が渡り歩いてきたどの街よりも治安が安定していた。 


 招集した魔法を扱える者達の組織を作ったとゆうよりか、辺境伯の傘下に組み込んだのだろう。


 それによってゴロツキが増えるのではなく、貴族お抱えの私兵という認識があるのだろう。


 今まで散々爪弾きにされてきた者達が、正式に受け入れてもらえた挙げ句、安定した生活まで送れるのだから忠誠心も備わっている。


 商売相手は、領主や地元の豪族といったところか?


 あえて秘匿にしないでいることからも、人類全体に魔法というものに触れてほしいのだろう。


 この男は、これから人類が辿る酷たらしい未来を見据えている男だ。


 そして、魔法という未知の能力を解明し、人類の生き延びる道を模索している男だと結論付けた。

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