第40話アルベール・ラファーガ

★★★












 プレリアス王国から遥か北方に位置するど田舎から、この男の伝説は始まった。




 それは、にわかには信じがたい偉業の連続であった。




 『人がモンスターから村を救った』から始まり、『魔獣を喰い殺した』『竜の首を取った』まで多岐にわたる。




 その噂は吟遊詩人が謳うより早く国から国へと伝わり、偉業は伝説へとすり替わっていった。




 そんな昔にあった、今は誰の記憶にも残っていない華々しい人類の希望が駆け巡った時代の話である。




 当時の人類には活気があった。




 その噂が真実味がますような形で、モンスターは周辺の村々を襲われることがなくなり、まさに平和が訪れていたからだ。




 一時は、人類に安全地帯は存在しないと呼ばれた時代があったのにも関わらず、その伝説と共に人類は潤いを取り戻していた。








 ――――― 村








 「ドゴォーン」








 という地響きと共に、上位種族と呼ばれた屍が舞い上がる。




 その状況を作り出す男こそ、後の大英雄にしてアルベール伝説における主人公でもある。




 それに敵対する者達、否、種族と呼ぶべきであろう。




 たった一人の人間を取り囲むような陣形を取り、上位種族のプライドを捨てて戦いに望む。




 だが悲しきかな。




 その男と地を統べるリザードマンとの間には、あまりにも開きすぎた力の差があった。




 それは、人間とリザードマンとの間にある種族値すら比べるに烏滸がましいほどの絶対の差。




 戦闘狂の面を持つリザードマンが思わず後悔し、引き連れてきた大軍勢が壊滅寸前になるまで追い込まれた。




 この地を統べる王として、または、下等種である人間に今一度力の優劣を見せつけるために参じたこの地に染み入るのは、共に戦場を駆け抜けた英傑達。




 




「……。」








 勇ましく我先に突撃する者、指揮官らしく吶喊する者もこの男の前にはどこにもいない。




 さりとて、彼らリザードマンに撤退の二文字は存在しない。




 ここからは、ただの処刑が始めるのみであった。




 それから約5分が経過する頃には新たに伝説が一つ追加され、凱旋したアルベールに惜しみない称賛の嵐が上がり続けた。




 だがそんな中、唯一伝説に敬意を払うこともなく読書にいそしむ男が一人。




 そこへ、アルベールはわざわざ足を運ばせる。




 




「よぉ、相変わらず読書とは勤勉で何よりよ。だがなぁ、ちっとは嬉しそうな顔をせんか。お主が読書にふけってられるのは、わしのおかげなのだぞ」








 アルベールが男らしい声でそう言いと、








「ああ、感謝してるよ。アルベール殿。」








 細身の男は相変わらず目線を本から離さず、読書を続ける。








「はぁ。まったくお主は、何でそう愛想がないかな?世界に照準を合わせようとは考えんのか?」








 巨躯からそう言い渡され、恐れなど生まれてこの方侵されたことがないような口調で放つ。








「合わせてどうなる?俺は滅びゆく運命に興味はない」








 村人、または王国に住まう民達は安定した生活を願い、日々の生活を淡々と生きている。




 しかし細身の男は違った。世界には興味はなく、平和も絶望も彼にはさほど変わりなく日常の中における状態の一つに過ぎなかった。 








「お主はなぜそうやって悲観して世の中を見るなかなぁ」








 アルベールは眉を顰め、この男とアルベールが見えている景色の違いに判然としなかった 








「俺が見てるわけじゃない。世界はそう出来てるんだ。でなきゃ、人間がここまで追い込まれないだろ?」








「世界を回ってみてきたわけでもあるまいし、そんなことわからんだろ?」








「まぁな。だが、俺が見てきた世界は少なくともそうだった」








「そうなのか?」




 この数ターンの会話の行き来の間に、異次元の思考の持ち主による異次元の会話が繰り返されていた。


 方や、モンスターや他種族を脅威と認識するのではなく、人間同様に存在する一種のただの生命体としての認識があるのみであった。 


 故に、それが敵対する意思さえ見せなければただの友であり、守るべき至高の存在へ如何様にも変化する。


 方や、世界や自分も含めた全てに興味がなく、たいして願ってもいない生に貪欲にしがみつく男。


 ある意味真逆の思考回路の持ち主である。




「そうだよ。お前も国を2、3個見てくればわかるよ」








 アルベールはしばし思考を巡らし、組んだ腕を解放しながら問いを投げる。








「お主はどっちから来た?東か?西か?」








「北だ」








「そうか。じゃあ、東にでも行ってみんか?そしたら、ちっとは違う世界が広がってるかもしれんぞ?」








 アルベールは妙案を捻り出したような口調で言い、村人や周辺諸侯の者達が聞けば飛び上がるような提案をあっさりと口にした。








「ヤダよ。行きたきゃ一人で行け。俺がこんなしょぼい村に来るのに、どれだけ死にかけたと思ってるんだ?」








 細身の男はここに来てようやく本から目を離し、周囲を遠望する。




 アルベールがこの村を出ていくと知れれば、それに連れ添う男。つまりは細身の男なのだが、この男の口車に乗せられて出ていくと思われるからだ。




 場合によっては、アルベールを引き止めるために自分が殺されることを予期していた。


 正直、そんな事を企てられようがどうにでもなる。


 だが、アルベールという今世紀最大の大英雄を誑したと噂になっても面倒だ。






「何度だ?」






 細身の男は嫌な予感に多少頭痛を感じていたが、アルベールはそんな事を気にも止めず会話を続ける。


 だが、アルベールとて自分がいなくなればどうなるかぐらいは予想はついただろう。


 しかし、アルベールは何も自分が特別優れた人間とは認識していない。




 それに、自分がこの村を去ってその影響で周辺国家に多大なる損害が出ても、それはそれで仕方がないと考えていた。




 例えでどれだけの献上品や美姫が送られようが、間違いなく彼はそれらすべてをはねのけ新たな一歩を踏み出すだろう。








「3回は死にかけたかな」








 細身の男は本を閉じ、これから自分がとんでもなく悲惨にして憐れな人生の幕が開けたことを察した。








「3回!?たった3回か?お主、その程度で悲観しておるのか!?」








「3度死にかければ十分だ。生存確率的には英雄級だぞ」




 男の言は真実であった。


 モンスターや他種族と渡り合う戦闘力はもとより、人間では抗う術すら持ち合わせていなかった。


 そんな人間が、3度も死の淵から掻い潜り生還するなど偉業と呼んでも相違いないほどである。




「何を言っとるんだ。お主ほど弱いやつが、たった3度死にかけて生き延びたのだぞ。これは存外、噂ほど影ってはおらんかもしれんぞ。」








 細身の男は笑みと軽いため息を漏らす。








「化物は発想までいかれてんのか?まぁ、それもいいんじゃねぇか?世界を回れば多少見える景色も変わんだろ?」








「ほうそうか。なら、当然お主も行くのだろ?ちょうど一人旅も退屈だと思っていたところだ」








「……。まぁ。行ってもいいか、お前がいなくなった村に居ても仕方ないしな。


で、その旅の終着点はどこにあるんだ?」




 細身の男は、たまたま読んでいた『英雄譚』より遥かに異次元な男と旅に出る覚悟を決めた。


 目の前のアルベールと名乗る男、彼が纏う暖かですべてを薙ぎ払うかのような強さの先に、何があるのか興味を抱いたからだ。


 男は、ここに来るまで幾度も英雄達を見てきた。


 だがこの男は、細身の男が見てきたどんな英傑達よりも強く、どの英雄譚よりも逸脱した逸話を残していた。


 その男が、まさに英雄の一歩を踏み出すところまで来ていた。


 ならば、見届けなければなるまい。


 英雄を名乗るに相応しい力と意思を持つものが、どのように英雄へと上り詰めるか。


 




「決めなきゃダメか?」








「当たり前だろ。じゃなきゃ、行く意味がないだろ?」








「そうさなぁ……。よし、それを見つける旅路にするというのはどうだ?我々の軌跡の先にその未来があるのだ、ワクワクするだろ?」








「ああ、悪くないな……。で、どこ行くだ?東ならベルモンドがあったな」








「そうか。目的地は決まったな、よし行くとしよう!目指すはベルモンド!この一歩が、人類の新たな一歩になるぞ!」












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