第39話墓場

☆☆☆






 国中を見渡せる絶景の丘にて建てられたお墓。


 そこに、砕けた大剣が突き刺さっただけのえらく簡易的なお墓(ベット)に眠る男。


 かつてこの国の守護神と謳われ、アルベールの前に立ちはだかった最強の男。


 まさにここは、守護神が眠るに相応しい場所であった。


 




「私がお前の墓参りをする日が来るとは思わなかったよ。なぁ、アルベール」




 ミラとアルベールが少し重たい空気を漂わせ、そのお墓の前に佇むこの場所は、アルベールとレナが共に戦況を見渡した場所でもある。


 


 「……。」




 それから十分は経過しただろうか。


 静かな時間がゆっくりと流れ、靴音がここに迫るのを感じる。


 アルベールがそちらへと視線を飛ばすと、




「まさか、君まで来るとは思わなかったよ……セレン」 




 と少し意外なペアに驚いたようだったが。




「……なるほど、君が護衛してたわけか。」




 アルベールは納得したように微かに笑みを漏らしたように見えた。


 おそらくだがレナが国を抜け出そうとした際に、セレンが気を利かせてここまで来たのだろうと結論付けた。






「まぁな。」




 フランクにそう返すセレンを見て、彼女の汚れた服装や彼女らしくない傷跡に、傭兵達(仲間達)が受けた仕打ちが容易に想像できた。




「悪いな、セレン。君には迷惑をかけた」  




 アルベールはセレンの目を見て、少し申し訳なさそうに告げる。




「気にすんな、たいしたことはされてねぇ。それと、これは私からのプレゼントだ」  




そう言うと、セレンはアルベールにバックを投げる






「……。」




 アルベールはバックを開き、鼻から少し息を漏らし。  




「ありがとう。」




 と軽く笑みを含み返す。


 そこに、




「コホン、私の話いいかしら?」




 とレナが出しゃばる。


 アルベールが浮かべる表情は、レナが知るアルベールの顔だった。 


 嫉妬なのか何なのか理解できないモヤモヤと、それ以上にセレンと会話するアルベールにイライラしていたレナは、無理やり会話を中断させた。


 そしてその感情を理解してか知らずか、アルベールはレナにも同様の表情を向ける。




「ああ、構わないよ。だが、こんなに早く君の方から私に会いに来るとは思わなかったよ、レナ」




 名前呼ばれ、国民達の前とは明らかに違った空気感を漂わせてるアルベールに、なぜだが鼓動が高なる。




「……。私だって、今のあなたに会いたくなかったわ。」




 感情と理性がごちゃまぜに絡み合い、自分が今何をしたいのかがわからなくなってしまったレナは、素直に心の膿を吐き出した。




「でもね、アルベール。私はもう飽きたのよ。薄暗く沈んだ顔を見るのわね」




 アルベールとたった数日過ごしたエルフの森へ往復が、レナを縛り付けていた。


 というのも、レナがこれまで味わった死への恐怖も、日常におけるなんの変哲もない日常までもが、アルベールというたった一人の人間と共にしただけで


感慨深い至高の記憶へと変化していたからだ。


それに引き換え、王国で数年暮らした忌々しい記憶が遠い昔の話のように思えてしまうほどかけ離れていた。






「……それで?」




「あなたのせいよ。何とかしなさい」




「……は?。」




 レナは、未だかつてない身勝手な願いを口にした。




「私に世界を見せると嘯いといて、これは一体どういうつもり?まさか、エルフの森に行ったから終わりじゃないわよね?もしそうなら、全然足りないわ。私は、もっとあなたと冒険がしたいの。だから、どうにかしなさい」




 今まで、アルベールの邪魔をしないことを第一に考えて生きてきた。


 そして、自分がいかにアルベールの役に立つかを。


 それは、レナ自身がアルベールという男に惹かれていたからこそ出た願いだ。


 だが、アルベールという最愛の人を失ったレナにとって、今自分にとって最優先させるべきことはアルベールという存在そのものであった。




「……。」




 黙りこくるアルベールに、セレンは。


 


「おいアルベール。とんでもねぇ女とまた冒険してたもんだな。こりゃ、私の方がいくらかマシだな」




 そう言って場を茶化すセレンに、気が抜けた顔と笑みの中間の顔を向けて。




「まったくだ。それで、結局君は私に何が言いたいのかな?正直、話がみえないのだが?


まさか、私に降伏でもしろとでも言いに来たのかい?」




「そうね。それもいいわ。でも、そんなことしたってあなたが死んで終わりでしょ?それじゃ私の願いは叶わないじゃない」




「ならどうしろと?」




「あなたのルーツを教えなさい」




「ルーツ?」




「ええそうよ。あなたが彼女を認められない理由はわかったわ。でも、何故あなたが彼女を認められなくなったのかがわからなかったわ。だから、それを私に教えなさい。アルベール・ラファーガという男の原点をね」




「………原点……か」




 アルベールは墓標へと体を向け、郷愁に駆られたような面持ちで吐露した。




「そうよ。あなたのすべてをね。そうすれば、


っ――――――――――!?」




 レナはそう言って前に出ると、彼女は驚愕する光景が目に映る。


 それは、アルベールとミラが前に建つ墓標にアルベール・ラファーガと書かれていたからだ。


 レナはあまりの衝撃に思考が止まり困惑した。


 なぜここにアルベールの墓標が建っているのか?


 自分の死を予期して予め建てたのか?いや、そんなはずはない。


 数日前にレナとアルベールがここで戦場を見下ろした時には、そんなものは存在しなかった。


 第一、墓標に添えられた大剣は鎧の男のものであったはずだ。


 であるならば、目の前に立つこの男は誰なのか?


 なぜ彼がアルベールと名乗っているのか?




「あなた……一体何者なの?」




 そうやって警戒するレナに、アルベールは笑みを浮かべる。

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