第38話気まぐれ

☆☆☆




 少女の短い人生の中で、随分と久しく感じる敗北の味。


 それほどまでに少女は、あまりに多くの者と戦ってきていた。


 そして今までにない敗北が、彼女の目覚めを悪夢から現実へ引き戻す。


 見覚えのない天井が見えた。


 ここに至るまでの経緯がわからない。


 混濁する意識の中で、記憶を遡る。


 確か……アルベールとの戦闘になり……。


 記憶を振り返るうちに、事の顚末をすべて思い出す。


 そして、ここにきてようやく周囲を見渡す。


 やはり見覚えがない。おそらくは、ここは王都のどこかなのだろう。


 寝かされていたソファーから起き上がりフラフラ歩くが、思い通りに足が動かない。


 右足に体重をかけた途端寄れ、テーブルゲームなどで使われる台に倒れそうになる。


 腕で何とか身体を支え、テーブルをつたって部屋を眺めると、どうやらここはカジノか何かなのだと理解した。


 そして、カジノで使われるであろう台の上で寝かされているエルフを発見した。


 ネーゼが意識を失ってから、一体どれだけの時間が過ぎたのだろう?


 そんな事を考えながら出口を目指すと、妙な違和感に気がついた。


 それは、モンスターの気配がしなかったのだ。


 国中に蔓延るモンスターが闊歩する中で、なぜネーゼがいるこの場所にはモンスターの気配がないのかと少しばかり気になったが、外へ出た瞬間理解した。


 それは、刀を一心不乱に振るう男の姿だった。


 通常の段階でも放たれるプレッシャーが、意図的に殺気として放たれていてはモンスターでさえ近寄れない。


 フェリックスがネーゼに気がつき、こちらへ向かって。




「少し待て。あと千は振る。」




 とだけ言い終わらせた。


 だがなぜだろう?




「可哀そう」




 ネーゼの口から思わず出た言葉だった。


 そしてその言葉に反応し、ピタッと動きが止まる。


 修練を邪魔されたのはこれで何度目だ?


 フェリックスの記憶上修練を邪魔されたのはこれで三度目だ。


 しかも、すべて女に邪魔されていた。


 言いたくはないが、フェリックスは基本誰にどう喋りかけようが基本無視だ。


 そんな男が思わず剣筋を止めてしまうほどの言動、男は空気が読めないだの気が利かないなど言われるが、真に相手の気持ちを理解できないのはどちらか?


 加えて、それらすべての女達はフェリックスの嫌なところを絶妙について攻撃してくる。


 本当にたちが悪い。


 アルベールが女嫌いな理由がフェリックスも何となく理解した。




「何?」




 フェリックスは、抑えきれない怒りとダメージを隠すことなくネーゼに見せつける。




「あっ、」




 ネーゼもとんでもないことを言ったと途端に理解し動揺した。


 だが、ネーゼはフェリックスを馬鹿にしたかったわけではない。


 フェリックスが放つ『冷たい殺気』が、フェリックス本来の優しさから出ていると理解したからだった。  


 というのも、フェリックスはネーゼとは全く違う生き方を選択した男だ。


 ネーゼとフェリックスは共に英雄を目指し歩んできた。


 だがフェリックは、戦いに生き戦いによって得た偉業と成果を英雄への供物だと考えていた。


 だからこそ一人で、淡々と研鑽しここまで上り詰めてきた。


 それは誇るべきことであり称えるべき行為だ。


 だが、そんな歩みはいつしか朽ち果て折れるべきものなのだ。


 レナが言っていたように、フェリックスが幾ら偉業や成果を成し遂げようが、見届けるものがいなくては英雄にはなれない。


 そしてアルベールの言葉を借りるなら、一人で歩み続けられる前進には限度があるのだ。


 誰からも称賛されない。誰にも認識されない。


 それは、英雄を志すものにはとって致命的痛手であるはずなのだ。


 そんな男が辿る道は本来なら一つしかない。


 それは、鎧の男がたどり着い最高峰。


 勝利への渇望。


 だがなぜなのだろうか?


 この男は未だにそうなっていない。


 目の前の勝利には興味がなく、ただ一人で研鑽し高みを目指す。


 純粋に、戦闘狂になり果てることなく、モンスター共を牽制するだけに押し留め、思い焦がれる英雄への階段を一歩一歩踏みしめる。


 その見果てぬ夢、それを一人虚しく永遠と繰り返す。


 何度も折れ、その度に己を鼓舞し奮い立たせる不屈の魂が放つ冷たい殺気に、思わず溢れた『可哀そう』の一言だった。


 


「あなたはそれでいいの?」




 ネーゼは覚悟を決め、真っ直ぐに言い放つ。


 ここで腹を括れるのは女の強さだ。男はいつだってイザという時意気地がないから、こういう時の女には勝てない。


 だから鎧の男は自分と同じ道を辿ると理解していながら、何も言えなかったのだ。


 


「可哀そうとはどういうことだ?」




「見てよ私。さっきまで食事を作ってみんなを笑顔にしてたんだよ。羨ましい?」 




「……。言っている意味がわからない。女は会話が成立しないやつが多すぎる」




「あなた、英雄になりたいんでしょ?残念だけど、私がなるから無理よ」




 ネーゼにアルベールやレナほどの思考や行動を読む能力はない。ただ、同じ目標を掲げているものとして通じるものがある。


 それ故に宣言した。


 だが、ネーゼは遂にフェリックスの地雷を踏み抜いた。


 今まで対話した二人の女が躱した地雷を、完璧に踏み抜いた。


 フェリックスは鮮烈な一刀をネーゼに振り抜き、カジノの壁まで逃げたネーゼの首元に刀を向ける。


 その速度はネーゼですらまったく見切れず、いつの間にかこの態勢になっていた。




「答えろ!俺より弱いお前が、英雄になるのか!」




 その気迫は凄まじく、崩壊した城壁からモンスターが逃げ出すレベルであった。




「なるよ。だってあなたじゃ、住民達あの人達を導けないもの。」




 平然とそう返すネーゼ。


 それに、歯を食いしばり睨みを利かせる。


 ネーゼの言ったことは真実である。


 だが、そんなことはこの男が一番知っている。


 アルベール記憶の住民がフェリックスに告げたのは、あの一瞬でフェリックスという男を看破していたからだ。


 だからこそ否定してきた。


 だかそれも届かず諦め、アルベールと共に人類を裏切った。なのに、未だに捨てきれない思いが堂々巡りさせている。そんな中、この女は堂々と言い放ったのだ。


 


「―――ッ!!」




 フェリックスは刀を首元から外し、




「弱者の願いは懇願と同義だ。中に刀がある。英雄に成る女なら、俺以上の実力を証明してみせろ」




 と言い、元いた足場へと戻る。


 


  

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