第37話最弱の主張

☆☆☆


 


「私が目指す英雄は、そんなお母さんが教えてくれ人よ。誰かの涙を拭って、一人でも多くの人を笑顔にする。そんな強い英雄になること」




 古い記憶の住民達の話を終え、彼女らしく胸を張って宣言する。


 そこに――――


 


「論外」




 と冷徹な一言が周囲一帯を凍りづかせる。




「ッ!?」




 そのあまりに恐ろしい一言に、レナとネーゼ、そしてミラの三人を除いたすべての国民を怯ませる。


 近くでアルベールに武器を構える者たちの中には、恐ろしさのあまりに数歩後退りする者もいる。




 「なぜ強者が弱者のために血を流さねばならない?なぜ弱者が弱者のままでいることを良しとしている?弱者が、強者を上回るほどの努力をしたのか?


強者と渡り合うための手段を、戦略を、知略を、なぜ身につけようとは考えない?


持たぬものが、持つものに依存するそのあり方が今の人類の惨状ではないのか?」




 アルベールの言葉からは確かな怒りを感じさせた。そしてその言葉に一番動機を高鳴らせたのは、武器も持たずネーゼやカゲミツを罵った連中である。


 まるで、名指しをされているかのように突きつけられた感覚だった。


 そして、アルベールの目線はその者達へと一瞥を食らわせる。




「……ッ!?」




 しかし、彼らはその瞬間に目線を外しダメージを軽減させた。


 アルベールは少し呆れ、ネーゼへと視線を戻す。


 だが、彼女は相変わらず正々堂々とアルベールに向き合い全面対決の姿勢を貫いた。


 やはり彼らの主張が交わることはなかった。


 そして―――




 「それでも、私は救うよ。だって、その先にある未来はきっと笑顔で溢れているはずだもの」




 彼女は相変わらず純粋無垢な願いを口にした、アルベールが愚かと切り捨てた人類に対する落胆と憐れみを受け入れた上での発言だ。


 アルベールは周囲にいる者達の反応を全身で感じ取り、自分に臆さなかった三人以外の感情を探った。


 しかし、彼らから感じる感情は有象無象の類い。


 アルベールは心底呆れた。感情が強い女の方がイザという時は頼りになる。それを肌で感じたからだ。


 




「そうか。なら試してやる。お前が言うそれが真実なら、ここにいるすべての者を守ってみせろ」




 アルベールはここでネーゼから目を離し、住民達へと視線を向ける。


 そして、手を挙げて指示を出す。


 住民達も流石に理解していた。


 アルベールが何のためにその手を掲げたのか。


 「やばい……。来るぞ!化物あいつらが!」


 一人の人間がそう呟いたと同時に住民達かれらは走り出す。


 そして、彼らの言うとおり奴らは現れる。


 数時間前にご対面した殺戮者達が、全方向から押し寄せる。




 「みんな落ち着いて!武器を持たない人達は変に動き回らないで!私が守りきれない!」




 ネーゼの言葉は彼らには届かなかった。


 ネーゼに対する信用よりも、モンスターに対する恐怖のほうが勝っていたからだ。


 そして、住民達の一貫性のない動きはネーゼの動きを封じる。


 だが例え、彼らがネーゼの指示を聞き微動だにしなかったとしても、国中に蔓延るモンスター共から全員を守り切ることなど不可能だ。


 


 「ぎゃあああ!!」


 


 「助けてー!!」




 アルベールがモンスターを誘き寄せてから五分が経過する頃には、数時間前とまったく同じ光景が広がっていた。


 いや、むしろもっと悲惨だ。


 エルフの娘が機能していないことと、傭兵達の的確な誘導がない住民達はただただ逃げ回るのみ。


 そんな状況に、




 「どうだ、守れそうか?ここにいる無数の魔物達から、お前はこの場にいるすべてを守り切れるのか?」


 


 と冷たく問いかける。


 しかもたちの悪いことに、比較的強い魔物達はネーゼに集中しており自分を守るのに手一杯だった。


 おまけにこれだけの人間が入り乱れていては、魔法も使えない。


 そんな状況の中ネーゼが唯一できたのは、アルベールを睨みつけることぐらいだった。


 当然、アルベールに襲いかかる者はいない中アルベールは軽く周囲を見渡し「まぁ、こんなものか」と言い。


 ネーゼに告げる。




「そんな顔をするな。俺だって鬼じゃない。チャンスをくれてやる」




「チャンス?」






「俺の首を落としてみろ。ここで、今」




 と言いながら、アルベールは首はねのジェスチャーをとる。




「心配するな、俺は誰の手も借りない。正真正銘一対一の公平な戦いだ。まぁモンスター共かれらはお前を襲うだろうが、ハンデにしてはちょうどいいだろ?」




「わかったわ」




「よし、ならば。」




アルベールはミラを見ると、ミラは了解したようにモンスター共の動きを止めた。




「どういうつもり?」




「何心配するな。たいした意味はない。君が彼らに希望を示すにしても、俺がそれを打ち砕くにしても、観客は必要不可欠だ」




 と言い、アルベールはテーブルの上に置いてあったナイフを手にする。




 「これでいいか」


 


 そう呟き、振り向きざまに視界に入った住民達を見て。




「とその前に、君達は応援しなくていいのかい?この勝敗で、君達の、延いては、人類の歴史は大きく動くが?」


 


「……。」




 住民達は互いに目を合わせ。




「が、頑張れ!」




「負けるな!」




 などと声を上げる。


 その様子にフッと笑い、ネーゼを正面で捉える。




「さて、始めようか」




「ええ」




 ミラが杖でコンッと音を鳴らし、ネーゼの近くにいるモンスターだけが動く。そして、ネーゼを襲いかかるのを合図に始まる。 


 動き出したかれらは三体。一体はトカゲ型で、距離を取られないように常にネーゼを追尾し攻撃を仕掛ける。


 二体目、三体目もそれに続くように本能のみで襲いかかる。


 しかし、ネーゼは持ち前の俊敏性ですべて躱しアルベールただ一人を狙う。


 だが、ネーゼが剣を構え斬りかかろうとしたときにはアルベールの姿はどこにもない。


 彼女がアルベールから目を離したのは、モンスターの動きを避ける時に要した数秒に過ぎない。


 なのにだ。アルベールは前方はもちろん、左右のどこにもいない。


 ネーゼはありえないとは理解していながら、飛翔した可能性を考慮し上空にも視線を送ったがやはりどこにもいない。


 命のやり取りをするものなら誰もが理解していることだ。視界から外れた相手との戦闘が、如何に危険極まりないことかを。ましてや、相手はアルベール。正面切って戦うような男ではない。誰よりも臆病に、誰よりも愚かに、誰よりも生に貪欲に生きる男。そんな男が、憐れみや慈悲の心を抱くはずがない。死なないための一手。それ即ち死への一手を切る。


交戦すれば雑兵と変わりない男が、姿を見失っただけで死神へと錯覚させる。


 しかし、アルベールだけに警戒を払えない。


 ネーゼはモンスターを倒したわけではない。


 そろそろ踵を返し、ネーゼへと襲いかかってくる。


 仮に、ネーゼが鎧の男のような強靭な肉体を誇っていれば別だが、彼女の肉体的強度は常人と変わりない。


 ネーゼはアルベールの捜索を一旦諦め、モンスターへと対応しようとした瞬間――――――影がスッと抜ける。自分の身体を通り抜けたように、アルベールが真横を横断したのだ。


 その際、ネーゼの身体に痛みが走る。


 肩口から腹部にかけて、袈裟斬りされたように出血したのだ。 


 だが、思いの外傷口は浅い。


 軽症と呼んでもおかしくないほどに。


 違和感と死を感じるほどの恐怖があった。しかし彼女はそれに身震いするより早く、振り向きざまにアルベールを斬り捨てるその瞬間――――唐突に吐血。


 そして、全身から力が抜け地面へと沈んだ。


 常人には理解できなかっただろう。それほどの刹那の一瞬。


 そして、彼が口を開く。




「さてと、約束通り皆殺しに移るとしよう」




「何だよ!結局勝てないのかよ!」




「ちくしょう!」




 アルベールはそんな彼らを不快そうに一瞥し、ミラへと指示を出す。


 すると、モンスターかれらは約束通り一体、また一体と、動き出す。




「ほ、本当に動き出しやがった!」




「あいつ!マジで俺達を滅ぼすつもりなんだ!」




「誰かぁぁ!助けてよー!」




「兵士達はどこにいるんだ!どこかにいるんだろ!」




「どうにかしてよ!」




 住民達はネーゼという希望を失ったことで、表情は絶望へと変化した。




 そして彼らが次に口にする人物は、またしても彼らが罵詈雑言を浴びせた者たちである。


そんな状況に一番腹を立てていたのは、アルベールである。




「まったく。これだから人類ってのは、自覚が足りないんだ。ここまで来てなぜ誰かの名を呼ぶ?これだけの人間がいて、なぜ誰一人戦おうとは考えないんだ。


はぁ。誰よりも、どの種族よりも英雄を欲しておきながら、英雄かれらを助けようともせず、彼らにはこの世のすべてを背負わせる。


 想像もしてこなかったのだろうな。彼らの壮絶な死に様を」




 そう言い残し立ち去ろうとするアルベールに、






「待ちなさいアルベール!」




 とレナが引き止める。




「……。」




「あなたがここに来たのは、彼女を見に来たのでしょ?彼女が、あなたが求める英雄に相応しいかどうかを」




「……それで?それが真実だとして、君は何を私に聞きたいのかな?」




「あなたの目には、彼女が英雄に映らなかったの?彼女は、あなたが求めるすべてを持っているはずよ。人々を照らし、鼓舞するだけの力を。一体、あなたは彼女に何を求めているの」




 アルベールは少し困った顔をした。


 彼女の主張が自分の意志と異なっていたからだ。




「何もないさ。」




「ッ!?何もない?どういうこと?」




「言ったとおりさ。彼女は何一つ間違っちゃいない。君の言うとおり、まさに英雄を名乗るのに相応しい女性だ。彼女のあり方も、行動も、信念すらもね」




「なら………なぜ!」  




「……強すぎるんだよ、彼女の光は。彼女が鼓舞する一方で、彼女を鼓舞できるものがどれだけいる?」




「……」




「例えどれだけの名声と栄華を誇ろうと、崩れる時は一瞬だ。ちょうど、そいつらがその女を見捨てたようにな。」




 そう言ってアルベールは住民達へと視線を送る。






「言っとくが、人はそんなに強くはないぞ。


どれだけの才覚があろうと、どれだけのカリスマがあろうと、いつか潰れる。」


 


 アルベール。彼が不服としているのは、才能や意気込みではない。


 彼女の、周りに対する慈悲の心そのものだ。


 だが、アルベールは別に人格否定をするつもりはない。


 むしろ、少女の身でありながらこの世のすべてを許容し、背負おうとするその意気込みに敬意すら払っている。


 だが、彼は知っている。


 人間の脆さと、その儚さを。


 だからこそアルベールは認められなかった。


 彼女という器を守るために、その中身に甘んずる住民達すら許容する善意を。


 それ故、アルベールが彼女自身に求めるものはありはしない。


 だが………あえて提示するのなら、彼女に導いて欲しかった。


 許容のではなく、人類という存在を共に支える英傑へと。


 そして願わくば、羨望と幾多の英傑達の頂点に立ち英雄へと至る事を願った。




「故に!俺は不屈の英雄など求めはしない。


俺が求める英雄とは、弱さだ。


誰よりも先に凱歌を謳い、誰よりも多く希望を示す。そして、誰よりも希望を謳われる者こそが英雄に相応しい。


所詮、一人で歩み続けられる前進などたかが知れているのだから」

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