第29話笑顔に潜む影
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王国と住民の間で行われた戦争から一週間。
王を追放し、新たな王を立てられるまでの数日、連日連夜宴が催された。
次期国王は国民投票による選挙戦ということもあり、誰もが心を躍ろせていた。
しかし、なんとなく次期国王が誰なのかは見当がついていた。
悪政を暴き、国民たちを従え国を救った男。
つまるところ一一アルベールであることはなんとなく理解していた。
本来なら貴族達がそれを良しとしないが、前国王が優秀であったため貴族達の今の権力はないに等しい。
そして、それを知る国民達が無能な貴族を支持することもない。
よって、この国の次期国王はアルベールしかいなかったのだ。
一一王宮会場。
国を挙げての祝い事なだけあって、そこは見事な会場が広がっていた。
テーブルを彩る肉や酒。燦然と輝く燭台が列をなす。
しかし、その豪華絢爛な会場に下劣な下心丸出しな貴族たちはアルベールを取り囲む。
「アルベール殿、この国をお救いいただきありがとうございます」
「いやぁ全くですなー。アルベール殿がおられなかったら、一体どうなっていたことか」
といった感じで、アルベールに気に入られようと貴族達が甘い蜜を求めて集りだしていた。どこまでも薄汚い彼らの性根は、アルベールには酷く不快に映る。本来のアルベールであったならばそんなこともないのであろうが、稀代の謀略家を失い、この国の最強にして最後の砦であった男すら失った今も、くだらない権力にしがみつこうとしている彼らにはほとほと愛想が尽きる。
アルベールを取り囲む貴族たちの中には、前王の時代に叶わなかった政権奪取を企むものもいるだろう。
貴族出身でもないアルベールが、この場の主役同然に住民達から認識されているそのものを憎んでいるものも少なくない。
しかし彼らの多くは、そんなことを気にもとめず新しい寄生相手に媚を売ることに必死になっていた。
アルベールからすればどちらも不快であることには変わりないが、プライドすら捨てたゴミは余興の前座にすらならない。
が、その一方で、
「皆は彼が国王として本当に相応しいとお考えか!?確かに今回の一件は間違いなく彼の功績だろう。
しかし、国を束ねる一国の王としてはどうなのだろう?国を束ねるには、軍略の才だけではなく政道にも通ずるものこそが相応しいのではなかろうか?
何より、平民ごときに国を任せるべきではない!」
などと、次期国王戦に向けて自己をアピールするものもいる。
だが国民の心情を理解し、娯楽に興ずることすらできない暗君に耳を傾けるものは誰一人としていなかった。
貴族や王族を除いた彼らには、今日という日がそれほどまでに特別な日だったからだ。
貴族達にはわかるはずもない話だが、日々決められた死を待つように暮らしていた彼らかすれば、今日という日は薔薇色であったに違いない。
一一ただ一人を除いて。
バルコニーで一人グラスを傾ける女。
国中の美姫が集まるこのパーティーにおいても、彼女の美しさだけは揺るがない。
そこに、誰も射止めることのできないレナに近づく一人の男。
「やぁ、美しき姫。今宵の予定は?」
美しすぎるのが悪いのか、それとものそっけない態度のせいなのか、パーティーが始まってからはじめてレナに話しかけたのはアルベールだった。
「……。」
「どうしたレナ。いつもの君なら何か言い返しても良さそうだが?あれれー、もしかして私がかまってあげられなかったことを拗ねているのかな?」
そう言ってからかうアルベールだったが、背中越しに小刻みに震えるレナに気づき、あまりに予想外の状況にアルベールですら困惑する。
アルベールの知らぬうちにひどい仕打ちでも受けたのか、などと思考を巡らせていると華奢な体がアルベールの胸元へと入り込む。
肌を通して感じているせいか、より細かに感じる震え。
「……アルベール。ここで終わりにしない?」
「一一ッ!?」
か細い声で言った言葉がアルベールを再び困惑させた。
「ハハハ。何を言っているのか私にはわからないなぁ。それより見てください、月が出ていますよ」
誤魔化すように咄嗟に出た言葉は、中途半端な笑みで偽りきれない万感な想いが見て取れる。
その姿は、アルベールでもなければ愚者でもない。
その二つが合わさった不完全な紛い物。
まさに、人間のあるべき姿がそこにあった。
「ダメよ、アルベール。もう……今のあなたじゃ……もう誰も騙せないわ」
レナから出た言葉の意味を誰よりも理解していたのは、アルベール自身であった。
涙混じりに告げたレナの顔は、完全なる乙女の顔である。
そして美少女から溢れる涙は、今まで受けたどの攻撃よりも鋭くアルベールに突き刺さる。
「そうか。君がそういうのなら、おそらくそうなのだろう」
鼻を鳴らし、噛みしめるように漏らした。
そこに追い打ちをかけるようにレナが続ける。
「見なさい、この国を。
国中に染み渡る笑顔の数々を。
そして聞きなさい。
あなたを称賛するすべての者達の声を。
あなたはこの国の頂点に立つわ、
あなたが尽くした分だけの報酬と栄華を手に入れるの。
わかるでしょ?
これがベストよ、これ以上はないわ」
レナは優しく告げる。
子供に言いつけるように、それでいて母性を感じさせるような声色で。
少女の柔らかなで、抱きしめただけで潰れてしまいそうなか弱い身体から、信じられないほど伝わる恐れと愛情がアルベールを包み込む。
「アルベール。もう一度言うわ、ここで終わりにしましょう」
レナの心からの願いに、しばしの静寂が訪れた。
アルベールとしてエルフ達に見せつけた威圧的な態度をとるわけではなく、愚者として笑い飛ばすわけでもない。
以前に一度、レナが見たアルベールの本来の姿。
今にも消えてしまいそうで、
以前見たときよりずっと弱々しく、脆弱な光。
それを絶やさんと必死で堪えているような憐れな姿。
脆き男が必死に隠してきた本音。
レナを抱きしめるようにいつの間にかあった手が、逆に抱きついているようにも感じた。
「レナ。それはできない」
「なぜよ、アルベール。あなたは十分頑張った。もういいじゃない。
先王が気に入らないのならこれでいいでしょ?他種族の脅威に備えたいのなら、ここで備えればいい。
これ以上あなたが進んでも、あなたが手に入れられるものはなにもないわ。あなたじゃ、もう誰も導けない」
アルベールは一呼吸置き、何やら深妙な顔をした。
「ああそうだ。全くもって君の言うとおりさ。私にこれ以上のことはなし得ない。どう足掻こうと、これが私の限界だ」
「なら……!」
「だからこそ!私は、私の道を進む。私ではない誰かが導くなら、私はその道標となる! 」
「そのために死ぬの?」
「ああ」
彼女には、アルベールの行動のすべてが理解できていなかった。
何がしたいのか?なぜそんな手段を選んだのか?もっといい方法があったのではないか?これまでとったすべての行動より、より良い道を見いだせたのではないか?
そんな考えはあったものの、行動すらしなかった自分にそれを言う価値すらないことも理解している。
それでも、自ら茨の道を進む彼はもう見たくなかった。
例え、彼の理想とする救済だとしても、それでアルベールが救われないのならそれは違う。
そう……思っていた。
しかしなぜなのだろう。
彼を見ていると負けそうになる。
彼が醸し出す風貌とでも言うのか、吐き出しそうになるほどの孤独と、それをギリギリのところで押し留まっている惰弱な光が、レナをどこまでも魅力し続ける。
「……あなたは最低よ。出会ったときから……勝手に現れて、勝手に連れ出して、勝手にいなくなる。あなたって、最低だわ」
「そうだな。だが、君にしか頼めない。いや、君がいいんだ」
アルベールはレナを抱き寄せ、耳元でそう言った。
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