第30話宣戦布告


次期国王戦当日。




 




 








一一城のベランダ。




 




 新たに王を立てるべく演説が行われていた。




 次期王は国民投票ということもあり、城の前は人で埋め尽くされていた。




 そこにゆっくりと、踏みしめるような足取りで演説会場に踏み込む男が一人。




 




「ふぅ……。今日もいい天気だ」








 男はベランダの前で数秒とまり、しばしの遠望をすると。




 嘆息に限りなく近い吐息をもらし、




ベランダへと踏み出した。








「うおおおおおおおおお!!!」








 男が姿を見せた瞬間、歓声が上がった。




 何もしていないというのに、既に興奮度は最高潮にまでボルテージは上がる。




 この男の前にも演説者達はいたのにもかかわらず、この男の時だけは




なぜか歓声が上がり続ける。




 それは、住民の一人一人が知っているからだろう。




 今、この日が誰のお陰であるかを。




 いまだ鳴り止まない歓声に、パン!っと無礼にも水を差す。 




 新王の誕生のために上げた歓声に水を差すその行為に、普通なら反感を買ってもおかしくない。




 しかし、それを行ったのが当の本人なら話は変わる。




 聞け!っと言わんばかりに響いた音に全員が黙る。




 鼻で息を吸い込み、日本晴れの天気が平等に照らされる中で苦笑する。




 




「皆は、俺がこの国に来た日のことを覚えているだろうか?


この地に……初めてモンスターがやってきた日のことだ」




 落ち着いた声色で、語り聞かせるようにゆっくりと話し始めた。


 そして、あの恐怖を知るここにいるすべての人々が一斉にフラッシュバックした。


 そんな中でも彼は落ち着いて続ける。




 「城壁が壊され、仲間が、恋人が、家族が、住む場所すら失ったあの日のことを。


 目の前で圧倒的な力の差を見せつけられ、不遜にも我々の前で食事を始めたあのモンスター共を」




 アルベールが見下しているベランダからでもハッキリ見えた。


 国民達が寄り添い、共に乗り越えようとしている光景が。




 「誰も忘れることができないだろう。


 あの恐怖を!あの絶望を!あの醜悪なモンスター共を!


 ここにいるものが同じ恐怖を知った、あのおぞましい日を。


 だが……我々はあの日確かに勝利した。


 人の手に余る化け物共から、この手で、確かに勝利したのだ!


 皆の者誇れ。そして宣言しよう。我々人類は、モンスターを!エルフを!ドワーフを!数多の種族にも勝るとも劣らない。最高の種族であることを!」




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




 男は他の演説者と違った。


 自分の有能性も示すこともなく、国民に対してこれからとる政治への意気込みを宣言することもなかった。




 ただ力強く、そして誇らしげに希望を掲げる。


 それは、正しく王の風貌。


 国民と共に歩む一歩ではない。


 王が、王として切り拓く王道であった。




 ここ数日、国民の前に晒した愚者から一変しての、覇王としての姿は誰もが度肝う抜かれたに違いない。


 普段見せるアルベールの姿が、この瞬間のための布石だったと思えるほどの別人。 




 しかし次の瞬間――






 「では、ここで私から皆へ問おう。なぜお前達は家族を見殺しにした?」








 その言葉を皮切りに、アルベールの表情は一変する。




 ただ威圧するように、それでいて恐ろしげに言う。レナでさえ見たことがないアルベールの姿は、どこまでも恐ろしい。








 「どうした?意味がわからないか?」








 アルベールから国民へと言い渡された突然の問い。


 先程まで上がった歓声のすべてを、たった一言で黙らせた。


 そしてそれを告げるその表情は……笑顔である。






 「ならば質問を変えよう。


この国では数年に一度、門出を祝って行われる祭りがあるそうだ。


お前達らがここに住んで、一体何度行われた?」








 続いて出たアルベールの問いかけに、またしても誰一人答えることはなかった。




 それは暗黙のルール。  




 他者の犠牲で自分達が今日を生き延びていることを理解している彼らが、それに触れるのは禁忌であった故に。


 しかし、彼は面白おかしく問い続ける。


 この場にいるすべての国民を嘲笑うかのような笑みで。






 「どうした?これも答えられないか?


 なら、次の問いだ。


 俺はここに来る道中、5つの国を挟んだ。


 その間、俺は国同士のいざこざに首を突っ込んだこともなければ、当然滅ぼしてもいない。


 だが、俺はこの国を滅ぼした。


 なぜだか分かる?」






 人心掌握の術を理解しているものが、的確に相手の嫌がるツボを狙って口にする。


 先王が使った人心掌握とは違う類いの恐怖。


 それを淡々と推し進める様は、ある意味モンスターより恐ろしい。








「それは、人類(お前達)にまだ余裕を見えたからだ。毎日のように人が死んでいる現状を前に、ここに来れば助かる。なんてふざけた希望があったからだ」








 「だが、この国が真に最後の砦として機能していればそれでもよかった」








「いつかの日か、人類を救ってくれる誰かを待つのも一興だった」








「しかしどうだ?平和と謳われたこの国の正体が、たった一人の狂戦士と人間爆弾とはな。これが平和?これが人類の最後の砦?笑わせるな。そんな偽りと張りぼてだらけの平和になんの意味がある?」








 この国に住んだその日より、当然のように投げ捨てた道理をここに来て問いただす。




 それは、この国に住んだすべての国民が背負う罪そのもの。




 




 「さあ、最後の問いだ。お前達はなぜ生きている?その曇った目で、足らない知性で、非力な力で、お前達は何がしたい?」 








 当然返答はない。


 先程まで上がった歓声が嘘のように全員が項垂れ、死んだように空気が重い。












「……ないのか?ハッハッハ!これはいい!ああ、傑作だ!そんなにもいて、それだけ言われてなお、誰一人おのが生きる理由さえ提示できないのか?


ハッハッハ!


 こんなに愉快なことはない。こんなに愚かなことはない。現状の問題を見ようとせず、やるべきことすら定まっていない。それは滅びるのも必定だわな。いつの日か来る最悪の日を待ちわびるくらいなら、一層のことここで宣言してやる」




 全住民が傍聴できるこの場において、たった一人の男が抱いた疑問が国民へと投げつけられた。


 しかしその言葉に反撃するどころか、誰一人としてもアルベールと視線が交差しない現状を前にアルベールは決定を下す。


 滅べ!っと








「只今より、全人類に宣戦布告をする!」








 ドン!ドン!ドン!


 唐突に響いた大砲の音。


 記憶に新しい忌々しい記憶が住民達を襲った。


 そうだ。あの時もそうだった。


 あの時も……この男がいた。


 門を突き破り、モンスター達による虐殺……。


 この場にいる全員がこの恐怖に飲まれていると、やはりあの音が聞こえる。


 列をなし、汚い声を上げ、地響きが響く。


 疑いようのない。


 モンスターだ。






 「モンスターが来るぞ!」 








 その声がどこからか上がると、我先にと逃げおおせる。


 そして、その光景を見て笑う男が一人。


 そう。いつだって彼は笑っていた。


 それはもう、心の底から。


 そして告げる








 「滅べ……!人類……!」と




 彼がその言葉を宣言した次の瞬間に、金属を小突くだけ恐怖した鐘に登る男がいた。




 それは、住民達にとっての別れの鐘。




 一回目は家族との別れ、そしてもう一度鳴る時にはこの国との別れ。




 さて、鐘に登った男が最後に奏でる鐘の音はなんの別れか?




 フェリックスが鞘から刀を抜き、巨大な鐘を両断した時に轟いた最後の鐘の音が響く。

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