第28話決着

一一丘の上












「やはり、ここまでくると嫌でも認めざるおえないな。種族値の差とでもいうのか、才能云々で片付けられないレベルにきてしまっている」








「コホコホ……今さらでしょ?」








まったくだ。何を今さら彼は言っているのだろうか?




レナは土煙が舞う視界が悪いなか、片目でアルベールを視界にとらえる








「いや、間接的情報かつ断片的な理解と、直接的なものとでは天と地ほど違うということさ」












アルベールの目からは迷いが見えた。




その目からはアルベールはおらず、見知らぬ誰かがアルベールの皮を被っていた。








「あなたが悩むことじゃないわ。




彼らを見なさい。




彼らの目には、何一つ後悔はないわ。




少なくも、今の私達にできることはないわ。だから見守りましょう。




彼らを」








一一戦場




やっと視界が少し広がってきてはいたが、未だに二人の安否が確認できていなかった。




「まだ見つからないのか!」








「ん?あれは……なんだ?」








「なんだ!何か見えるのか?」








「何か……人影のようなものが……」








「間違いない!人影だ!」








「だれだ……どっちなんだ……?」








両陣営も固唾をのみ、自分達の勝利を願う。




いくら雑兵が武勲を上げようと、強者達こそが戦況を変えることを理解しているからだろう。








「あ、あれは……」








「あの男は……!!あの大剣は!!!」








大剣を肩に担ぎ、男とエルフを抱え、満身創痍な肉体に鞭を打ち畏怖と敬意をその身に集めるその男は、最強たる威厳を見せつける。








「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」








「我々の勝利だァァァァ!!!」








王国側から喝采の嵐が巻き起こる。












「讃えろ!我々の守護神を!!」








「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」








「勝った!!勝ったぞ!!!」








兵士達の称賛の声で戦場を埋め尽くす。








決着は着いた一一アルベールの敗北。




そして一一人類の勝利。








 








一一丘の上












「やはり届かなかったか……彼が届かなかった願いは、


彼らでも届かなかった。


まったく……友情も、愛情も、血の滲むような努力すら水泡に帰した。


必要なのは才能。 


そして……少しの努力。」








 アルベールは太陽を見上げ、鼻から空気を取り込む。


 そのまま俯き、口を少しとんがらせ空気を吐き出す。






「なら次は、彼女に託すとしよう。」 








そう言って、アルベールは戦場に視線を落とす。








「彼女?誰よそれ」








一一戦場








「せーのっ!」  








 少女が掛け声を上げると、突然音楽が鳴り始めた。








「テッテレーテッテレーテッテテッテテッテレー」








「ほら、みんなもー!」








 どこかの店の制服を着た少女達が様々な楽器を持ち、王国側が上げた勝利の凱歌を打ち消すべく盛大に盛り上げる。








「テッテーテッテレーテッテー」








 その中の一人、ピンと背中を張り自信アリ気に戦場の真ん中で笑顔を振りまく。








「ねえ。今、少しハッピーな気持ちにならなかった?


私はなったよ。不思議だね。


 こんなに苦しいのに、こんなに悲しいのに、少しだけハッピーになっちゃったよ。


じゃあさ、皆でハッピーになっちゃおうよ」  






 少女は男達の心に太陽を残し、戦場をかける。
















「お腹が空いてる人いませんかー!


ただいま限定!


美人店員の出張営業でーす!


活躍した皆さんには、当店の商品全額無料にさせていただきます!


それにぃー、活躍した人はもしかしたら店員達からのサービスがあるかもしれませんよぉー」








 それを言うのは、アルベール達がいた酒場の店員の一人。


 あざと可愛いポーズを取りながら、男たちを鼓舞していた。


 そして、店員の一人が投げキスをしていた。






「はいは~い。


でもぉー、みなさんが活躍してくれなかった場合はー、彼女たちが治療してくれるようデース」






 あざと可愛い店員が紹介した美人店員の一人が続けて話す。




 そして彼女が紹介した彼女たちは、ナースコスプレをした推定年齢が八十を超えた生ける屍達だった。








「ハアハアハアハア。


いいのよー!私達がいいなら負けても。


子供は何人欲しい?


男の子?女の子?


当分は寝かさないからー!!!」








 手をワキワキさせ、ハアハアと息を上げるババア達。








「「ひぃっ!!」」








 ババア共のお誘いに思わず声を上げる。


 それと同時に寒気が襲ってくる。








「みなさん頑張ってくださいね。


早くしないと、あの子に手柄全部持っていかれちゃいますよー」






 男達が振り向くと、少女ことネーゼが戦場駆け抜ける。












「急げ!俺たちの楽園を奪われるぞ!」








「ここまで来て!ババア共の添い寝なんてしてたまるか!」








「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」












 男達に消えた心に再び火が灯る。


 それは、レナが言っていたような男特有の醜い獣性なのかもしれない。


 それでもーー彼らは戦い続ける。


 恐怖を糧に、獣性を胸に秘めネーゼを最強の元へと送り届ける。


 そんな中でも、アホな男達は我先にと活躍をアピールし続ける。




 




「ほりゃあ!


見てましたか、俺の活躍!」 






「てめえ何もしてねえだろ!


声だけ出して目立とうとしてんじゃねえ!」








「お前だって何もしてねえだろ!」








「俺はこれからなんだよ!」




 




 ネーゼはアホな男達を無視し、敵兵を斬り伏せ鎧の男の前へとたどり着く。












「ようやく会えたわね。戦いましょ、最強さん」






 鎧の男はネーゼがいるにもかかわらず、背を向けたままエルフと無愛想な男を寝かせる。


 鎧の男は立ち上がる前に丘の上を数秒視線を向けた。


 視線を戻し少し微笑んだと思ったら。




 




「少し待て」








 おもむろに何かを取り出し砕いた。  








「待たせたな」








「ええ、待たされたわ」








ネーゼはすでに火の玉を自分の周りに数個漂わせ。








「パチン」とネーゼが指を鳴らすと、火の玉は爆発してネーゼを見失う。


 爆炎の中をネーゼは進み続け、鎧の男に剣をつきたてる。








「すまない。


それはさっき見させてもらった」




 




 ネーゼの剣を素手で防ぐ。








「そう?でも私、ちょっと質が悪いの」






 ネーゼはそう言うと、剣先が赤くひかり鎧の男の顔面で爆発させる。




 その勢いで鎧の男が剣から手を離すと、ネーゼは剣をバチバチ音をたたせて斬り伏せながら大爆発させる。








「どお?私だってちょっとはやるのよ。綺麗で可愛くて、ちょっとだけ質が悪い女の子。


私って、サイコーにクールだと思わない?」






 少しも悪びれる素振りも見せずに誇る彼女の顔は、少しばかりいたずらっ子のようにも似ている。








「他の男は知らんが、少しは自重したらどうだ?」








「残念だけど、これが私よ。


それに私、あなたのことも好きよ。


長い戦歴を経て今もそれを握り続けるあなたには、きっと私が想像もできない苦悩があったのでしょ?


でも大丈夫よ、


あなたが守り続けたこの国は、私が笑顔にしてみせるから」




 ただ楽観的に述べただけでなく、その言葉からはしっかりとした意志のようなものを感じた。








「そうか、お前だったか。考えてみれば当然だが、あの道化もなかなか酷なことをする」






 少女とともに現れた太陽を男は眺め、極めて小さい声で「眩しいな」と告げた。


 そして男は、ようやく最後の戦いに赴くような面持ちで戦場と向き合った。








「ならば……。舐めるなよ、クソガキ!


 俺以上の偉業を欲するならば、ここで俺を殺し、それを証明して見せろ!」








 男は硬い声で、少女へと宣戦布告する。








一一




 二人の剣撃が激しくぶつかる中、無愛想な男が目を覚ます。


 かすれて見える二人の影を見て、剣へと手を伸ばす。


 綺麗に横に並べられた二本の剣を取り、バリィッと砕けた謎の瓶を踏みつけながら立ち上がる。


 今にも倒れそうな鎧の男に比べ、致命傷すら負っていない己の脆弱さを呪いたくなる。


 完璧とまでの敗北を背負わされてなお死ぬことはなく、屈辱的な敗北感もない。


 目の前で、今もたった一人であの化け物と対峙しているあの女が、互角に渡りあっていることにさらに腹が立つ。


 自分が理想とする戦い方をしているのも、腹を立てている原因の一つなのだろう。


 もし自分も魔法が使えたのなら、彼女のように互角に戦えたのではないか?


 考えないようにしていても湧き上がってくる負の感情を押し殺し、鎧の男にリベンジを仕掛ける。


 洋剣を持ち、鎧の男の背後をとったままゆっくりと近づく。


 鎧の男が振り向くと、無愛想な男は振り向いた方向とは逆方向へと素早く斬り抜ける。












「グッ……!?」








「リベンジマッチだ」








 鎧の男は少し驚き、この男は自分とは違ったかたちの才能を持っていることを理解したようだった。








「いいだろう、認めてやる。それはスキルの類か?」






 彼はスキルを知らなそうだった。


 表情をピクリとも動かさずに顔だけを向ける。


 スキルとは、特定の条件で発動するものを指す。


 彼が知らないということは、恐らく剣術も独学で身につけたのだろうと納得したようだった。








「すまない、忘れてくれ。


敵の手の内を聞くのはご法度だったな」






 鎧の男の長い長い戦歴の中で、相手に興味を惹かれたのは初めてのことだった。


 理由ハッキリしていた。


 だが口にしてはいけない。


 したくない。


 もし自分が男じゃなかったら、こんな夢……簡単に捨てられたのに。


 そして、恐らく自分と同じ道を辿るであろう彼を見ていると、寂寥感に苛まれる。




 そんな中でもネーゼの手は弛まない。


 男達が身勝手に背よって、勝手に苦悩していることなど知る由もない。






 そこで――――彼女は切り札をきる。






 ネーゼは自身に火を纏わせて、自らの戦闘能力を極限まで引き上げる。








「ごめんなさいね。


私だけじゃあなたに勝てないみたい。


貴方、強いんだもの。


だから、私達であなたに勝つわ。


覚悟はいい?」






 ネーゼの剣が煌めかせると風が突き抜けるように走り、目まぐるしい速度で剣を交差させる。


 幾度も交差する中で鍔迫り合いになる。


 攻守が凄まじい速度で入れ替わるなかでのしばしの静寂。


 そこに、無愛想な男は地を滑るように走り交差する剣戟向けて振り上げる。




 二人の態勢が崩れ、無愛想な男はネーゼを超えるほどの剣技を見せつける。


 その凄まじい剣技に剣が悲鳴を上げ、大剣が砕け散る。


 ネーゼはその隙を見逃すことなく、剣先から魔法を解き放つ。


 最初にかけた魔法も相まって、爆炎が辺り一帯を覆い被す。






 その時確かに見た。


 魔法が放たれる瞬間、彼の満足そうな笑顔を。


 なんの笑みなのかはわからない。


 それでも、爆炎に呑み込まれる瞬間に浮かべたあの笑みは、後悔も、憎しみも、喜びも、そのすべてを超えたところにあるものだと思い知らされた。






 アルベールが鎧の男をとらえた時には、すでに地面に倒れ込んでいた。




 喀血し見るに堪えない姿だった。


 身体中に刀傷を負い、魔法によってえぐられたような傷も所々見受けられた。


 火傷はもっとひどく皮膚が焼けただれていた。


 レナは未だに信じられなかった。


 これほどの男がいたのかと。


 これが、人類の頂点に立っていた男。


 彼のなし得てきた偉業を知らないレナでさえ、畏怖の念を抱かざるおえなかった。






「成ったな……」








「えぇ…」








 ネーゼは鎧の男を背に、剣を突上げ勝利宣言をすることなく静かに鞘へと剣を収めた。






「貴方が守り続けたこの国は、私が……私達の手で、紡ぎ押し返してみせるわ。だから、見守っていて。


この国を。


貴方が守り、私が示し、誰かが成し遂げるわ」






「そうか……そうだな。


今日は……晴れているか?


それとも……」






 左手を掲げて太陽に向って手を伸ばす。






「晴れてるさ。見えるだろ?


そして聞こえるだろ。


君のおかげで、ようやく春が来る。


だから、あとは任せてくれ」






 アルベールが鎧の男の横に立ち、声を上げる住民達を見る。








「ああ……」








 小さく発したその言葉を最後に一一偉大な英雄は幕を閉じだ。






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