第22話選択
☆☆☆
王宮にて、今回の事件の事後報告に舞い上がる男が一人。
「本当か!?」
「は、はい」
「本当に、あの女を護ったのだな!?」
引き気味に、王族お抱えの暗殺者集団から上がってきた報告書を読み上げたミッシュに、王は食い入るように机に置かれた多量の書類から、先の件で火急を要している報告書までも足蹴にするように聞き入る。
「はい。そのように聞いておりますが……。」
「そうか!やはりそうだったか。ならば良い」
どっと疲れが押し寄せるように椅子に座り、アルベールが国を去ってから長らく続いた嘆息から、やっと微かにも希望が見えたかのように一息をつく。
「ご苦労だった。下がって良いぞ」
「は、はぁ」
秘書官が部屋を出ると、王は左肘を
大腿骨に乗せ笑い始める。
安堵の表情からの歓喜の笑い声。
他の者からすれば何が何だか理解に苦しんだ。
しかし、ここ数日の王の仕事に対する姿勢や人間臭い部分に兵や使用人達からの評判がいい。
人を見下すような圧倒的な支配者としてのあり方よりかは親近感が湧くのだろう。
「アルベール……。必ずや貴様の喉元に、このジル・ロード・プレリアスが刃を突き立ててやる」
★★★
アルベールが地面座してから、しばしの時が経った頃。
えらく簡易的な寝床に、アルベールは死んだように眠っていた。
その軽薄な男が転がるテントが揺らめき、罪悪感を抱えた少女が覗き込む。
どうにも頭が痛くなる話だ。
アルベールを見届けるなんて誓ったものの、本当にそれしかできていない。
むしろ、自分がアルベールの足を引っ張っていることは明白である。
口に出して現状を訴えないアルベールにも非はある。
が、レナが向ける期待と不安を一心に受けるこの男が、半ば強引に危険な外の世界へと連れ出した少女を不安にさせるような言動を取るわけがなかった。
少女は己の未熟さと非力さを呪いながら、孤児院の女が言った言葉の意味をようやく理解した。
『男の人って、なんであんなにわかりやすいのかしらね?意地っ張りで、弱くて、負けず嫌い……。
だから、あなたが支えてあげてね』
あの言葉は、おそらくアルベールを看破したから出てきた言葉だったのだと理解した。
そして、レナがアルベールに生存することそのものを依存していたことも理解したからこそ、忠告をしたのだと理解した。
初対面の女性が看破したアルベールの本性、年の功とでも言い訳をすれば多少は楽になる。
だが、レナは見た目以上に高潔な女性だ。
そんなくだらない言い訳は好きではない。
歯を食いしばり、やるせない思いが堂々巡りさせた。
「ぇ、なにこれぇ!」
そんな時、唐突にテントの外からエルフの声が聞こえた。
レナが外に出ると、アルベールの荷物を漁るエルフ。
失礼にも程があるが、この女にそれを説いても無駄な話。
「あなた、何をしているのかしら?」
「あっ!えーっと……。そうだ!貧乳の人!」
名前が思い浮かばずに出した解答がそれかと呆れ返るが、今の精神状態で言い争う気にもなれない。
「レナよ。それで、あなたは何をしているのかしら?」
「それがね、あのアルベールとか言う人の荷物を漁ってたんだけど……変なんだよ」
(この子、私の名前は覚えてないくせにちゃっかりアルベールの名前は覚えているのね)などと、どうでもいい思考が一瞬巡る。
「変?」
「うん。なんか、見たこともないアイテムがいっぱいもあるし、全然読めないところもあるし」
レナは以前にアルベールの荷物を何度か覗き見たことがある。
その時見かけた本は、確かにレナでも読むことができなかった。
「読めない?異国の言語本なら仕方ないんじゃなくて?」
「それがね、違うんだよ。確かに変な本はあるんだけど。これ」
エルフがそう言って手渡したのは、手帳だった。
使い古されたボロい手帳で、側面に触れただけで何やらボロボロと崩れるしまつだ。
レナが手帳を開くと、読める字と読めない字が入り交じった謎の言語がそこにあった。
エルフの少女も多少は読めたことから推測すると、独自の言語ではなく、複数の言語を組み合わせた言葉なのだろう。
文体などもよくわからない。
人に見せるには向いていない粗さからも、何かしらのメモ書きなのだろうか?
細かい事はよくわからないが、年月だけは理解できた。
そして、億劫になるほどビッシリと何やら丁寧に書かれている。
レナは、アルベールほど言語の幅は広くない。
片手で数え切れぬほどの数こそ読めるものの、それでもアルベールの手帳を解読には至らない。
しかし、かろうじて扱える語学を駆使し、解読出来る文章をピックアップして読み解くと、どうやらレナに対する意思が書いているわけではなかった。
これは少しわがままだが、何かしら自分に対する気持ちの一つや二つは書いていても良いのではないか?
などと、女特有の面倒くさい雑念が入り混じる。
レナは少しムキになり、解読出来そうな場所をペラペラと捲る。
しかし苦労の甲斐虚しく、レナがはじめに見通した通りアルベールが次に行うためのメモのようだった。
それも事細かに、年密な計画が刻まれている。
レナはアルベールと出会う前の手帳と見比べると、明らかに異常なほどであった。
偏に、レナを殺させんとする意思がそこにはあった。
「どうしたの、レナ?」
レナは思わず涙が溢れる。
震えながら手帳を胸で抱き、誰よりも自分を生かすために密かに苦悩するアルベールが愛おしてたまらなくなった。
「ズルいわよ。あなたは卑怯よ、アルベール」
レナが向けられてきた男の業、それとは一線を画すものがある。
見た目や云々の素材とは違う。一人の女として守られているという幸福感と、その苦悩が垣間見えたことで心が満たされる。
そして、レナは新たに決意を一つ固める。
「アルベール。私はあなたを、絶対に殺させはしないわ」
☆☆☆
湖を横に、ひたすら剣を振るう男。
鋭く、冷たく、人の温もりをしばらく感じさせない面持ちで振るう男の精悍さは、惚れ惚れするほどである。
そこに一人の女、レナが顔を出す。
いささか話しかけづらい空気が漂うが、レナは男の修練を終えるまで待つと決めたのか、微動だにせずただひたすら眺め待つ。
「何かようか?」
それに根負けしたのは、百戦錬磨の武勇を有する男の方である。
「あなた、なぜこんなところで一人でいるのかしら?」
「約束をした。ある男と、ここで待つようにと」
「そう」
レナの中で新たに芽生えた誓い。
アルベールを守ると決め、そのための剣を探しにここまで来た。
しかし、レナには交渉術はない。
おまけに、コミュニケーション能力も人一倍劣っている。
今まで人と関わらずきていたつけが来たということだ、もしアルベールがこの男を勧誘したのであればどんな手を使ったのだろうか?
そんな事を考えても無駄だとは理解している。
それでも、日に日に大きくなるアルベールの存在を考えてしまう自分がいる。
レナは男を見ると、こちらを一瞥もせずひたすら一心不乱に一刀を振るい続ける。
男によって生じた剣圧とでも言うのか、空気を通して肌を撫でる感覚からは怒りを感じる。
かつて自分も彼と同じに怒りがあったせいか、不思議と親近感が湧く。
諦めより怒りを強く感じさせる剣技からは、彼の見据えたものに直結しているのだろう。
そしてこちらの感情が強くあるものは、現状に強く不服があるものだと決まっている。
だとすればどうすればいいのか?
こういう人間に下手に小細工を使うのは良くない。
できるとすれば、それはアルベールぐらいだろう。
レナはここで一息をつき、彼の誇り高き信念と呼ぶべきそのあり方を捻じ曲げる覚悟を決める。
「あなた、その約束いつしたのか覚えているのかしら?」
「関係あるか、お前に」
男の剣技が極わずか鈍り、粗さが生じた剣圧に気圧されそうになる。
「あるわ。断言してあげる。あなたの待ち人は来ないわ!」
力強く宣言する。
迷いのない瞳で、真っ直ぐと。
愚直なこの男をここに縛らせるほどの男だ、この男以上に精悍にして、笑けてくるほどの益荒男だったに違いない。
その男を打ち砕くのだから、レナとて負けてはいられない。
「なぜ断言できる?根拠はあるのか?」
ここでようやく男は修練をやめて、レナを見る。
「ないわ!女の勘よ!」
男が何かを抱えていることなど見ればわかる。
否、抱えていない人間などいない。
そこを揺さぶれば、人は必ず対面せざる得ない。
アルベールには何度も使われた手だ。
彼ならばここでさらに揺さぶるのだろうが、レナには現状把握と精神状態しか見て取れない。
だからこそ、ここは真っ向勝負に出た。
相手より強い意志で、堂々と宣言する。
「チッ!またそれか」
男は目を左下向け、剣技のみを磨いてきた男は煩わしそうにする。
「あなたの剣術、たいしたものよ。でも、それだけじゃなんの自慢にもならないわ」
「何?」
呆れた瞳に再び光が戻る。
鋭い眼光がレナを捉え、言葉一つ間違えただけで噛み付いてきそうな空気を醸し出す。
暗殺者をなんの躊躇もなく斬り伏せた男だ、下手に口出しをすると何が飛んでくるかわからない。
そこにあえて、彼の支えである根本を否定した。
「力や才能は、他人が見て始めて評価されるの。あなたが磨いたその才能、こんなところで終わらせるつもりなのかしら?」
自分の言葉に押しつぶされそうになる。
己で言い放っておきながら、何も持たない自分がアルベールとなぜ行動しているのか?
日々研鑽している男に、諦めた果てに何も生み出そうとしなかった自分が、この男に説法をしている。
分不相応にも程がある。
男には見えないが、組んだ腕で服を握り締める。
想い人のために嫌いな人間まで演じた、自分の厚かましさが堪らずそうさせた。
「どういう意味だ?回りくどい言い方はあまり好きではない」
怒りのあまり観察眼が鈍り、愚直な男の視線が動いたことにしばし反応が遅れた。結果として、彼が見たその先を突き止めることができなかった。
アルベールならこんなミスは間違いなくしなかっただろう。
交渉中に、理性より感情が上回るなどあってはならないことの重要性が鮮明に突きつけられる。
「そのまんまの意味だと思うけれど?」
しかし、流れは自分に来ていることは間違いない。
鷹揚とまではいかないが、冷静に進められている。
「……………。」
沈黙のあとに溜息を溢し、続ける。
「俺は別に、誰かの評価が欲しくてやっているわけじゃない。そこを同じにするな」
「同じよ!待ち人が来ないことを言い訳に、あなたは前を進むことを諦めたただの子供。そんなことを言い訳にするくらいなら、私に力を貸しないさい!そしたら、私があなたを評価してあげる!」
「……。お断りだ。お前の評価なぞいらん。だが、お前の旅になら同行してやってもいい」
☆☆☆
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