第21話刺客
★★★★
フードを深く被り、町へ潜り込んだレナとアルベール。
そこは、王国を最後に去った時ともまた違った空気感があった。
治安が明らかに悪い。
素人のレナが町に入ってから、緊張の糸を張り詰めている。
陰からこちらの様子を伺うなんてレベルではない。
堂々と、我が物顔で平然と悪人が居座っている。
善悪の力関係が明らかに逆転している。
後ろから、尾行するゴロツキが歩くたびに増えている。
「レナ、疲れたかい?」
レナは足を引きずっていた。
酒場を出る以前からレナの足は限界だった。
本来ならば、アルベール一人でここに来るべきだった。
だがレナは今、新たな一歩を踏み出していた。
王都で無気力に生きていた頃とは違い、自分の意思でアルベールとともに旅に出ると望み、その中で彼女なりの目標を導き出した。
そんな彼女が踏み出した一歩を不意にするほどアルベールは強くなかった。
レナがアルベールに魅せられていたように、アルベールもまた、自分とともに邁進しようとするレナを魅せられていた。
「大丈夫よ。それより、何?治安が悪いのにも限度があるわ。領主や貴族達は何をやっているのかしら?」
「無理もない。ここは王国の領土じゃない。あの国が異常なだけで、大抵はこんなものさ」
傭兵として、貴族や領主の依頼を受けて来たアルベールには、別段この景色に何も思うことはない。
旅人が町に一歩踏み込めば、装飾品などの金目の物欲しさに襲われるケースはよくあることだ。
それを重々承知していたアルベールだったが、普段傭兵として動くときにはそんな事気にも求めていなかった。
アルベールが率いていたのは傭兵。
つまるところ、常人の枠組みから外れた者達。そんな彼らの心配をいちいちするようでは、彼らは傭兵など名乗れない。
現に、傭兵団の中で最も弱いアルベールとて、彼らが一斉に攻撃を仕掛けようと逃げ切れるだけの何らかの策はもつ。
しかし、アルベールはここ数日ろくに休めていない。
王国に来る以前から、彼はずっと何かしらの用事や準備に追われていた。
そんなときに唐突に訪れたアクシデント、レナを抱えて逃げ切れるほどアルベールにも余力は残されていなかった。
「……はぁ。ほんと、先が見えないわね」
「ああ、全くだ」
アルベールはこの時ばかりは視界が歪み、声音が低くなる。
今が疲労のピークであった。
日々命懸けの仕事をやるだけあって、こんな日もある。
しかし、相方が自分と同等の非力さを持つ相手はさすがにアルベールも初めての経験である。
買い出しを終えるまで仕掛けられないことを祈りながら、頭の中で逃走ルートを確保した。
一一結果として、買い出しを終えるまで彼らと刃を交えることはなかった。
今ここで重要なのは、終えるまで襲われなかったという事だ。
アルベールとレナが店を出た現時点では無傷である。
しかしながら、店を出て一歩でアルベールは気がつく。
向けられた視線の違和感と、その数に。
減っていたのだ。
殺気立たせていた数が、無数からゼロへと。
だが、アルベール達を囲むような形で数人が狙っていることは変わりない。
アルベールが店に入ってから出るまでの時間は、おそらく5分かそこらであったはず、その間に葬ったであろう屍も見当たらない。
間違いなくプロの仕事だ。
それも、人間を殺すことに特化した技能を持つものだ。
そんな者達を必要としている者達は、この世界では貴族か王族ぐらいだろう。
アルベールについ最近身に覚えのあることといえば、王国に喧嘩売ったことぐらいだ。
あの王から差し向けられた暗殺者だと想像がついたが、なぜか殺気がアルベールに飛んでこない。
だからではないが、
疲労がここに来てもう1段階猛威を振るった。
アルベールがついつい意識が朦朧としてしまうほどに。
それに気がついたのかは定かではないが、矢はレナへと放たれていた。
未だに敵の存在を認識できていないレナの手を引き、アルベールの肩に矢が突き刺さる。
ここでようやくレナも敵の存在を認識した。
レナを庇うように背中で受けた矢の痛みで疲労と眠気が飛び、なぜか笑みが溢れる。
「やはり、美人を連れ歩くのも楽ではないですね。命がいくつあっても足りない」
「あなた、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!血が、血が出てるわよ!」
「ああ、そうですね。まずは逃げるのが先決ですね」
続いて放たれる矢を次々と避け、お姫様抱っこしながらアルベールが生き延びるために身に着けた回避術を駆使し跳ねるように逃げ回る。
しかし、その歩みはお世辞にも速いとは到底言えぬものであった。
本来のアルベールであるならば、レナを抱いていようと逃げるという選択を取った時点で間違いなくアルベールの勝利は見えてくる。
だが今のアルベールはいかがなものか、避けるには避けれているが左右に揺れるたびにふらつき距離を離すどころではない。
「アルベール!私をおろしなさい!狙いは私よ!あなたには関係のないことよ!」
額に尋常ではない大きな汗溜りを作り、たいして動いてもいないアルベールの身体が先に機能的な限界を告げた。
血は際限なく垂れ流れ、息が上がる。
「あなたの目的は人類の救済でしょ!だったら、私を護るべきではないわ!まずは、あなたの身の安全を確保するべきでしょ!」
「……。」
アルベールからの返答はない。
今まで数々の修羅場をくぐり抜けた足はレナを抱えたまま崩れ、まともに立っていることすらままならない。
膝を立たせ、かろうじてレナを抱えている有様である。
ここに来てようやく接近してきた敵は三人。
盗賊のような格好に身を包み、ナイフ片手に接近してきた。
そこから離れたところに四人。
弓矢を番えて警戒する者達がアルベールとレナをガッツリと固めた。
しかし不思議なことに、この状況に驚いていたのは敵方の方である。
まるで、アルベールとレナを仕留められるなど考えてもいなかったように互いに目を合わせる。
だが、標的を前に取り逃がすのもプロの仕事などとは到底言えぬ話である。
あれだけレナを中心に狙われた投擲があったのにも関わらず、レナには一切目もくれずアルベールへとナイフを突き立てる。
その時、振り下ろされたナイフから火花を散らした。
電光石火の早業で弾かれたナイフで体制を崩した暗殺者を、一刀のもとに斬り伏せたのだ。
無論、アルベールとレナにそんな芸当ができようはずもない。
それを行った者は、アルベール達が海辺で出会ったあの男である。
そこに遅れること数刻、エルフの少女もアルベールを庇う形で現れる。
「ギリギリだったな」
暗殺者を斬り伏せた血に濡れた剣を尚も暗殺者達に向ける男に、暗殺者は互いに目配せさせる。
それ行いは、動揺そのものである。
彼らは暗殺者、仕事を受けたからにはその仕事を完遂するまで終われない。
しかし、目の前のこの男。
男と自分達の力量の差がわからなくては、彼らは暗殺者を語れない。
一人はこの男に葬られたとして、残りは六人。
その数のハンデや仕込み武器を駆使しても、男に傷一つつけるビジョンがどうしてもわかない。
加えて後ろのエルフ、彼女まで相手にするほど彼らは愚かではなかった。
「なぜあなた達がここに!?」
「その女に聞け。野生の感だといった、その女にな」
「野生じゃないよ。女の感だよ」
相手から仕掛ける気がないことを悟り、暗殺者はするりと姿を消す。
「引いたか」
「そう、みたいね。とりあえず一旦戻りましょうか」
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