第20話溝

★★★




アルベールが目を覚まして、一時間ちょっとくらい経った頃だろうか。       


 太陽がアルベールが起床したときより高く照らしている。




 浜辺に打ち寄せる波音がザザーッと静寂となり、しばしの平和を感じられる。




 しかしここにアルベールはもういない。




 先のレナとの攻防のあと、アルベールは軽くバックの中身を確認し、食料を管理していた仲間を失ったことを思い出していたからだ。




 アルベールはもう一度バックの中身をあさり、今度は地図を手にし近場の町へとレナを連れて出かけていた。




 その間、アルベールが町へと出かけると感づいたエルフはしばしば駄々をこねたが、アルベールの説得により何とか納得してくれた。




 それによってという訳ではないが、








「むうぅーーーー」








海辺で一人永遠と剣を振り回す男と、その男をふくれっ面で眺める奇妙なエルフの珍しい絵が完成していた。








 「……。」








 「むうぅーーーーー」








 そんなおかしな風景がしばらく流れた頃、さすがに我慢の限界に至った男が口を開く。








 「なんだ。暇なら稽古でもしたらどうだ?」








 苛立ちのせいか、レナとの会話で向けた眼差しとは明らかに違う一瞥を向ける。




 その正体は、おそらく彼ですら判然としない。








 「やだ!私、稽古とか歌を歌うのがいやで出てきたんだもん!」








ガキの癇癪に限りなく近い言い分だった。




 男は気が短いわけではなかったが、アルベールと比べると数段早く苛立ちと呆れが湧き上がった。




 しかし、特別教えてもらったわけでもない知識が男の苛立ちを緩和させた。




 エルフは人間より長寿であると。




 成長が遅いのか、全盛期が長いのかは流石に男は理解していなかったが、この娘を見る限り前者であると結論付けた。




そして、精神年齢が劣っているのなら仕方がないと考慮した。








 「歌が嫌いなエルフがいるのは知らなかった」








 剣を振る片手間に黙らせようと始めた会話だったが、男が気がつかぬうちに会話のやめどころを失い会話を続けられた。








 「うーん。別に歌が嫌いってわけじゃあないんだよ。でも、自由に歌わしてくれないんだもん」












 「故郷を失っても……歌っていられる余裕があるのか、貴様らには」








 思わず溢れた本音。




 別段エルフが特別嫌いってわけでもない。




 それでも、彼女から感じる悠然とした態度がどうにも癪に障る。




 簡単な理由としては、危機意識がないからである。




 お前のせいで仲間が死ぬんだぞ!なんてよくあるウザい上司が吠えるあれではない。




 生まれ持った初期ステータスの問題である。








 「何か、嫌味っぽくない?今の」








 「嫌味だからな」








 「今、とてもカチンと来たよ。あ、そうだ!君も遊んでるなら、私と勝負しようよ!」








 今の言葉でさらに男を苛立たせる。人間は少なくても、他種族に比べ劣等感がどうしてもある。




 その男にたいし、剣を振るう作業を遊びと言い放ったからである。




 彼女から、いや、他種族から見れば、犬がフリスビーを取ってくるあの作業と同一視している屈辱が、どうにも男の中で許容しかねる。








 「上種族が俺にか?」








 男の声は明らかにワントーン下がった。








 「うん!ちょっと遊ぶだけだって!」








 「……。お前らのつまらん余興に、一体何国が滅んだと思ってるんだ?」








 「え?それ、私に関係ある?」








 「ないと思っているのか?」








 遠回しの言い分だったが、少しでも罪の意識があるならば理解できない言葉ではなかったはず、そう思い放った言葉だった。








 「う~ん、わかんない!じゃあ、とりあえず魔法勝負でどう?」  








 溜息が出る。




 理不尽な苛立ちではあるが、多少は理解を示す事を期待しただけに訪れた溜息。








 「お前、人の話聞いてないだろ?あと、人間が全員魔法を使えると思うなよ」








 彼女から発せられるすべての言語が、どうにも男を刺激する。




 悪気がないのだから仕方がないが、男の傷口は広がり続けていた。








 「じゃあ、どうすればいいのさぁ〜」








 「それ、貸してやる」








 「何これ?」








 「俺のもう一つの愛刀だ」








 顎で立て掛けられたレイピアを指し、心ばかりの仕返しをする。








 「それで俺に掠らせてみろ」








 「それ、私不利じゃない?」 












 「お前らが普段やってる事だ」












 「何か、いちいち言葉に棘があるような。でもいっか、私が勝ったら仲良くしてもらうから!」








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