第23話抱えるもの

☆☆☆








 愚直な男との会話を終えたレナは、アルベールの様子を見るため元いたテントへと向かっていた。




 レナが男に背を向けて数歩歩いたところで、待っていましたと言わんばかりにエルフの娘は剣術の対戦を申し込んでいた。




 二人がアルベールを助けに来たときには、エルフの頭にはたんこぶができていた。




 はじめは、ふんぞり返って鍛錬を怠っているエルフへの挑戦なんかがあったのだろう。




 しかし、負けん気だけは人一倍ある小娘エルフのたった一勝に対する執念に、口では憎まれ口を叩きながらどこか朗らかに接する。




 エルフが尊いとする誇りある勝ち方とは無縁の戦い方に興味があるだけかもしれないが、彼の琴線に触れたらしい。




 その様子を背中越しに感じながら、目的地が近づくにつれ身だしなみを整える。




 テントへと着くと、再び服装チェックをし呼吸を整える。




 すべての項目を確認し終えるまで約三分を有し、平常心を装いゆっくりと入る。








 「やあ、レナ。怪我はないかい?」








 部屋の前で散々服装チェックをしときながら、アルベールが起きているなど露とも思っていなかったレナは少しテンパる。








 「ええ。お陰様で」








 「それは良かった」








 そういったアルベールの手には、彼の手帳がある。




 もちろん、ただ持っているわけではない。




 レナとの会話を終えたアルベールの眼差しは、手帳へと戻る。




 少し不満気にするレナは拗ねるように髪をいじる。




 特に普段と大きく変化があったわけではない。




 髪を整えて、口紅を軽くつけただけだ。




 アルベールとの買い出しの際に一緒に購入した品物だ、慧眼なアルベールなら気がついてくれるのではないかと心を多少なりとも踊らせていた。




 しかし、これは我儘だと理解しているレナは何も言わない。




 だが、レナとて女の子である。




 愛しき相手から何かしら褒められたいもの。




 




 「アルベール。彼、あなたの旅に同行するそうよ」








レナは自らの功績をアルベールへと伝えた。 




あくまで報告程度にだ、軽く、フラットに伝える。




 アルベールは手帳に当てられた指がページ掴んだところで指を止め、それと同調したように彼の動きは静止した。












 「……。それは、君が取り付けたのかい?」








 いつもより、アルベールの声のトーンがワントーン低い気がした。




 笑って褒めてくれることを願うあまり、その変化に少し緊張が走った。








  「ええ。不満かしら?」








 レナは生唾を飲み込み、本へと向けられた視線をじっくりと凝視した。








 「いいや。君が必要だと判断した人材に、私はケチをつけない。ただ………、なぜ彼を選んだのか聞いてもいいかい?」




 




 アルベールは優しく笑った。




 不安がるレナの心情を、声色だけで判断したかのように笑ったのだ。




 そしてようやく視線が重なった。








 「必要だからよ。あなたに」








 レナもその笑みでようやく緊張が溶け、固まった身体に血が巡る感覚を感じる。








 「私に?」








 「そうよ。あなたは私に世界を見せると約束した。だからよ」




 




 緊張が溶けた反動からか、レナは自分でもらくしない回答を述べた気がした。




 おそらく、レナが被ってきた偽りの仮面のおかげで、アルベールとて今のレナの心中を推し量ることはできないだろう。




 だがこの胸の高鳴りが、少しばかりレナを大胆にしている。








 「……………。そんな約束、君はすぐ忘れると思っていたが」








 アルベールは少し困ったように言葉に力がない。




 逡巡を巡らしているようにすら見える。








 「忘れないわ、絶対。だから、もうあんなことをするのはやめて。私はあなたと世界を見たいの。あなたが辛いなら話して、そして頼って。私はあなたの役には立てない。でも、役に立ちたいとは思っているわ。だから、そのための人材も、お金も出来るだけあなたの期待に答えみせるわ!だから、死なないで!」








 できることなら、レナはアルベールの懐にもう一度抱かれたかった。




 エルフの森で包まれた暖かい包容の中で、初恋の相手に身を委ねてしまいたかった。




 そして願わくば、このままどこかへ連れ出して欲しかった。




 




 だがそんなことをしようものなら、アルベールはにべもなく自分を拒絶してしまうかもしれない。




 だからこそ、自分が願う最低条件を口にした。








 「……。」








 しかし、アルベールは押し黙る。








 「どうして、どうなのアルベール。あなたならできない話ではないはずよ」




 




 結果を示さずこんなことを言ったわけではない。




 あの男を引き入れたのは、アルベールに認めさせるためだ。




 それに、アルベールにはたいして難しい話でもないからこそ切り出した内容だ。




 それなのに、それなのに、アルベールは黙った。




 そして、怪訝そうな顔を浮かべる。








 「レナ、私は物語に登場するような英雄とは違う。




 ただの人間なんだ」




 




「そうね。でも、あなたは凡人でもないわ。あなたが私に示した希望は、今も私の心にある。それは紛れもなく、あなた自身の力で成し遂げた力よ。なのになぜ、あなたはあなた自身の手で希望謳おうとしないの?あなたなら、そう難しくないでしょう」








 どれだけ遠回しに言葉を並べようと、結局はレナの本心はあそこへと戻る。




 恋をろくにしてこなかった少女が、迂闊に感情を込めた問答。その末に出た言葉『死なないで』これだけが答えだった。


 しかし彼は、それを知ってなお首を立てにふろうとしなかった。


 




 「……君は私を少し過大評価しすぎている。それに、私はあまり物語が好きではない。物語に登場する彼らは、いつだって自信家で、才能がある自分達を信じて疑わない。別に、それが悪いとは思わないよ。ただ、凡人の努力や思いがその物語に綴られることはない。私は凡人なんだ。彼らの思いも、英雄達の栄光の下で転がった屍も知っている。だから私は、英雄達のために死んでいくだろう。そんな私に、彼らと同じ願望を向けられては困る。ただ、それだけのこと」








 諦めた言葉とは到底思えない。




 そもそもこの男はおかしいのである。




 生にたいする依存が、レナにはどうしても感じ取ることができなかったからだ。




 だがそんなことは詮無きこと。




 レナはアルベールを見届けるだけ、彼がレナの願望を拒むのならこれ以上は意味をもたない。




 だからこそ、レナはあっけなく引き下がる。








 「アルベール。私は、いつになったらあなたに勝てるのかしらね?


あなたが進む先に、何があるのかは私にはわからない。あなたがなぜそんなことをしようとしているのかもわからない。でも、あなたが進む先にあなたの居場所がないのは、あまりに悲しすぎるわ」








 レナとアルベールの討論は、行われる度に形が変えていた。




 それは偏に、レナの心情が影響している。




 当然のことながら、一方の主張が変われば終着点も自ずと変わる。




 しかし故意か偶然か、最後にレナは呪いを残した。




 












一一その日の夜。












 日が暮れると目の前のキャンプファイヤーの光を残し、すべてが影に覆われていた。




 近くに聞こえる波の音が涼し気に、心を癒やすのに十分な効果を持つ。




 しかし、この場にいるメンバーは男を除いた二人。 




 レナとエルフの娘だけ。




 無愛想な男はいつもの日課らしく、剣を担ぎどこかへと消えた。




 波音の心地よいBGMに、無粋な素振りが微かに耳にまじる。




 アルベールと村を出発してから、休みらしい休みを取っていなかったレナにとっては迷惑極まりない騒音である。




 だが、ここはあくまで彼のキャンプ場。口を出す権利などあるはずもない。




 考えみれば、アルベールとあったあの日からろくなことがない。




 死にそうになるわ、目の前で本当に人が死ぬわ。




 無気力に生きるレナに、ここ数日で与えた久しい感情が余計に疲れを増長させていた。




 そのほとんどがアルベールから生じたものであったが……なぜだろう。




 今日はそう悪い気がしない。




 何より、今まで感じたどの出来事よりも生きている実感がある。 




 海辺の近くのせいか、少し冷たい風がレナを少し心細くした。




 その当の本人、アルベールの姿はない。




 無愛想な男が出かける少し前から、そういえば姿がなかった。




 そんなことを考えているレナの前で、ポツリと言葉を漏らす。








「うぅ。痛い」








 頭を抑え、どこで見たような剣を肩にかけるエルフ。




 




 「あなた、一体何をしていたの?」








 「何って、そんなたいしたことはしてないよ。でもね、聞いてよ!アイツめちゃめちゃ強いんだよ!私の方が力もスピードも勝ってるのに、私の剣全然当たらないんだよ!おかしくない?」








 頭にできた大きなたんこぶ、四肢に刻まれた打撲痕をはじめてする、擦り傷や切り傷など様々な外傷が見受けられる。 




 とても少女の身体とは思えない有様だった。








 「あーー!思い出したら腹立ってきた!うるさいし!痛いし!これじゃあ月がゆっくり見れないし!これもそれも全部アイツのせいだ!よし、今度こそとっちめてやる!」








 勢いよく立ち上がると、湖の方から聞こえる雑音をたどり、木から木へと飛び移り音の主を探しに行った。




 彼女が湖にたどり着くと、月明かりに照らされた無愛想な男が素振りをしていた。




 人間ならば修練をしていると感じるのだろうが、エルフから見れば奇怪な行動をする変人にしか見えなかった。




 昼間散々刀を交えた結果がこれである。




 エルフの娘は男の背後に回り、




「てりゃあ」と声を出しながらレイピアで奇襲を仕掛ける。








 それをスルリと避け、足を引っかける。




 ドサッと鈍い音をたてながら倒れ込むと、首もとに剣をあて「これでいいか?」と呆れて気味に言う。








「ぐぬぬ」








 倒れこんだまま、上目遣いで悔しそうに呻き声を上げた。
















一一 エルフは男の手を借り起き上がると、目の前の湖を前に丸太に二人で腰をかけた。












「ねえ、何でそんなの振り回しているの?楽しいの?」








「楽し……………くはないが」








 エルフ。つまるところ上位種族の彼女から告げられた一言。




 それは、受け取り方によっては侮辱に等しいものだ。 




 毎日欠かさず鉄の棒を振り、少しでも強くなろうと足掻く者に対してそれで強くなれるなんて微塵も考えなかった強者の一言。




 弱者が足掻いて身につけようとしている修練が、強者にはなんの脅威にも感じませんと言われているのと同義であった。




 それでも、一瞬言葉こそつまらせたものの、彼の乾いた心に何ら影響を与えるものではなかった。




 ただ、昼間見せつけた技の数々が娯楽の一環として葬られただけだった。








「じゃあ、なんでそんなの振り回してるの?」








「……。お前、何で弓を持ってるんだ?」








「え?エルフだから?」








「聞くなよ。まあ、つまりそう言うことだ」








 男は面倒くさいと感じたのか、質問を適当に流そうとする。が、








「どういうこと?」








 それすら察することができないエルフ。




 彼女に人間の苦悩などわかるはずもなく、ましてや、棒っきれを振り回す作業を未だに修練だと察しきれていない鈍感さが質問を続けさせた。




 無愛想な男は月明かりで反射する己を睨み、男は仕方なく剣をエルフへと差し出した。




 




 「お前、これで戦ってみろ」








 「え。私、こっち使ったことないよ?」








 「安心しろ、俺も使ったことがない」








 エルフが剣を受け取ったが、男はそのまま出した手を伸ばした。 




 腰に付けた矢と弓を寄こすように要求していたからだ。








 「わかったけど、壊さないでよ」








 これにはすぐに理解し、渋々男へと手渡した。




 男は弦を軽く弾き、弓の調子をはかる。








 「こんなもので人が殺せるとはな」








 




 この男に弓の良し悪しをはかる目はない。




 見たところ、人間が扱う弓とさほど変わりないように見える。




 しかしエルフは人間と違い、モンスターの硬い装甲すら矢で貫くと噂で耳にしたことがある。




 風の噂だ、信憑性はない。




 だが若いエルフが、弓矢片手に平然と闊歩することが何ら危険がない証明でもある。




 男は立ち上がると、元いた場所から14、5メートル離れたところへと移動した。








「これぐらいでいいか」








「え?何が」








「立てよ」








 男が弓を構えるとさすがに察したようで、エルフも見よう見まねで剣を構える。




 それを合図としたのか、いきなり弓を放つ。












 弓の向きから軌道を読み、軽快に避けながら接近戦へと持ち込もうとするエルフ。








 弓矢を続けて放つが、エルフが放つほどのスピードはなく、ましてや自由に動かすことすらできなかった。




 一対一のたかが十五メートルか




そこらの距離での戦闘は、間違いなく接近戦の方が有利に戦える。




 だが、これは互いに本職での話だ。








 弓矢をすべてかわしたエルフは、声を上げながら重そうに剣を振り回す。




 が、剣を振った反動で体勢が崩れ、思わず前のめりになった。俗にいう剣に振られている状態だった。




 その隙にエルフの腰にかけてあった、もう一本のレイピアを抜き出し首もとに差し出す。












「わかっただろ。




俺は魔法が使えないからな、これでしか俺を守れないんだ」




 




 剣に反射する自分を睨みけ、少し寂しそうな顔で粛々と言った。












「ねえ。今、嘘ついたでしょ?」








「は?」








「だって、そんな気がしたんだもん」








 理由はない、根拠もない、ただそう感じた。相手との距離が近ければ近いほど感じ取ってしまう勘とは違う謎の感覚。




 好奇心の塊である彼女だからこそ感じ取ってしまう何かがあったのだろうか。












「ねえ、教えてよ」








 目を輝かせながら不意打ちに男に顔を近づけると、男は女に免疫がないのか顔を赤くしながら顔をそらす。








 「いや、俺は……。」












 「俺は、何?」








 一瞬、誤魔化そうとした。




 失礼にも自分のパーソナルスペースに詰め寄ったエルフに、最初こそ驚き嫌悪感があった。




 だがそれと同時に、子供のようなあまりに無邪気な笑顔を向ける少女がひどく輝いて見えた。




 劣等感とそれを黙らせる己の不屈な精神を武器に、日々研鑽を積んできた男にはあまりに眩しすぎた。




 これが強者の不敵な笑みだったらどんなに楽だったことか、劣等感を奮わせ一層の鍛錬に己が道を極めようと奮起したに違いない。




 なのに……その笑顔を向けられたせいなのか、とある男の言葉とその光景がよぎる。




 




 「……はぁ、逃げられないものだな」




 




 一生をかけてまで否定したい言葉。




 自分が今もなお、憧憬を向けずにはいられない男に言われた言葉だったから。




 男はマルタへと腰を掛けると、




ため息をつき、自分が夢に見た憧憬に思い馳せながら話し始めた。








「……英雄に……なりたいんだ……」








「英雄?」












 あまりに子供っぽい願望だと感じたのか、つい疑問系になる。








「この世には絶対はなく、




最強は存在せず、最弱が最弱でいるのは、手段を間違っているからだと本気で思っていたんだ。




 たとえ最弱でも、人類でも、魔法が使えなくても、最強へと登りつめることができると……。」








 子供の頃に思い描いたくだらない……




本当にくだらない夢物語を語り聞かせてくれた。




 目を閉じて、自分がかつていた国へと思いをめぐらせながら……。




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