第18話アルベールと愚者


★★★




 




 背中越しに、レナも両者が対峙したことを理解した。




自分の命を顧みず女を救う。




女性なら誰もが憧れる瞬間にして、




男の最後の見せ場。




 レナの中で変わりつつあった何かが、形にして現れた。




 頬に雨がかすれ、少女が抱くであろう切なく複雑な想い。




 これまで切り捨てた何千人の前で流すことのなかった甘い雨に、生きて!っと心から願う。




 が、












「うおおおおぉぉぉぉッ!」




 




 っと、どこか聞き覚えのある情けない声が迫り横へとつく。
















「おお!いいところにいたレナ!




私は彼女と逃げる!君は囮だ!




さあ、私たちの明るい未来はすぐそこまで来ている!」








 と言い残し、森ではじめて出会った巨乳エルフを抱えアルベールの腕で眠り続けるエルフを誘拐すると、レナを見捨てて一目散に逃げ出した。




 レナは忘れていた。




 目の前で話していた男は、アルベールではなく愚者だったと。




 そう、愚者の男は命をかけたことは一度もない。




 いつだって命をかけたのは、アルベールのときだけだった。




 




「ああ……そう。そうなの?……いいわ。……わかった」 








 レナの表情が怒気に染まる。




 未だかつてない怒り、久しく湧いた乙女心を踏み躙られた気分だった。




 何も告白されたわけでもなければ、恋人らしく唇を奪われたわけでもない。




 それでも、先程の包容に打って変わって、物語の姫でも掻っ攫うかのような大胆さ。




 それを目の前で行う節操のなさに腹が立つ。








「な、なんだ?殺気を感じるような」








 愚者は背中で感じた脅威を確認するため振り返ると、エルフなんかよりずっと恐れるべき鬼がいた。




 




 








「アルベールぅぅぅぅぅ!!」








「ひっ!? に、逃げろ!間違いなく死ぬ!




今までで一番ヤバイ!




ほんとにヤバイ!




誰でもいいからッ!




いやあああああぁぁぁッ!」








 ★★★








一 一森から少し離れた海辺








 エルフからの追随に逃げ切ったレナが目を覚ますと、波の音とその音に交じる雑音。そして、ほのかに感じる潮の香りがした。




 




「ぅ…ここは?潮の香り」








 レナが目を覚まし辺りを見回すと、仏頂面で一心不乱に刀を振る男がいた。








「気がついたか」








 男がこちらに気がつき飲めと言わんばかりにヤシの実を放おると、また一心不乱に刀を振り続けた。








「水分はこれしかない」








 少しツリ目で無愛想なその男に事情を聞きたかったが、とても聞ける雰囲気ではない。


 レナが少し困った素振りをとり、周囲を見渡すとやはり何もない。


 モンスターすら見当たらないこの場所に、男は一人で居たのだろうか?


 しかし、モンスターが一体も見当たらないのもいささか不自然ではある。


 レナが無愛想な男を見ると、古傷が服で見え隠れさせていた。それも一個や二個ではない。軽く見ただけで数カ所はある。






「お前の仲間か?お前と一緒に落ちていた男と女は?」




 




 質問の該当者を目線で示し、事実確認をする男。


 とっつきにくい男ではあったが、それほど悪い男ではないように見える。     


 喋り辛い雰囲気はあるものの意図的に醸し出しているわけではなく、スキを見せないように張り詰めた中で染み付いた特徴のように思える。




 








「ええ。助かったわ」








「そうか」








 男が再び口を閉ざすと、なんとも言えない気まずい空気がただよう。




 レナは比較的この空気には慣れていたが、自分よりも愛想がない男と二人だけの空気は嫌だったらしく適当に会話を続ける。








「あなたは何でここに?」








「国を潰された……」








「それでここに?」








「まあ」








 語彙力とコミュニケーション能力を著しく劣っていた二人には、これ以上の会話は不可能だった。


 しばらくアルベールといたせいなのか、その軽薄な男に不覚にも恋慕してしまったせいなのかレナにはわからなかったが、アルベールの存在を強く欲していることには変わりなかった。








 そして、無愛想な男との会話を諦め横たわるアルベールの元へ向かった。




 








 「ねぇ、アルベール。あなたは、一体何がしたいの?」








 目覚めないアルベールにしおらしく問う。




 今まで何度も押し殺してきた問い。 




 彼女自身密かに決めていた決断に、彼の歩みの果にそれを見出すと決めていた。




 しかし、アルベールを見ているとなんだか切なくなる。




 どこか危なっかしいアルベールの生き方は、一歩間違えれば死に直結するものばかり、なのに彼は笑って乗り超える。その危うさがたまらなく怖い。そんなことを考えていると、必ず一緒に表れる言葉があった。王国で言われた言葉『だから、あなたが支えてあげてね』孤児院にいた女性からの言葉だ。








 「私には、あなたは理解できないわ。だから……」








 レナはアルベールに膝枕をし、当時逃げた言葉に決着をつける。




 そして、アルベールが託した願いにここで固く誓った。




 『だから、見ていてくれないか?私と、この世界を』その願いに見届けると誓い、反対に、彼女から頼まれた言葉を反故にすることを決めた。




 








 「私だけは、あなたを見届けてあげる」








 




 




 レナがスッと視線を落とすと、アルベールがキス顔で待ち構える。




 その顔を見ているだけで『さあ、今すぐキスをここに!』とでも言ってきそうだった。




 レナは隠し持っていたナイフを取り出し、アルベールの顔面に振り下ろす。








 「ふおっ!ちょっ!ちょっと!レナさん!あの!今いい雰囲気じゃありませんでしたか!?何でそんなものを持っているんですか!?」








 あとほんの数センチというところで受け止め、九死に一生を得る。








 「あなた、殺すわ!目を閉じていない。すぐに終わるから」








 「さっきと言ってること違うんですけど!見守ってくれるはずじゃ!」








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