第15話エルフ

[2]一一 南の森




 




 一般的にエルフが住むと言われている森は、大きな木と清んだ水に囲まれた場所だという。


 だがアルベール達の前に広がる光景は、絵本や文献に記されている大きな木もなければ清んだ水もない。ただのこぢんまりとした森があるだけだった。


 本当にエルフがここにいるのか?と疑いたくなるレベルの。


 しかし、この森にはエルフがいると断言できた。


 それは、異常なほど清んだ空気と神秘的な雰囲気がある森だったからだ。


 正確にはこの表現は正しくないが、人間にはつくりだせないほどの神秘的な何かがあったのだ。




「全く。こんなものをどうやってつくり出しているのか、ぜひ聞き出したいものだ」






 冗談混じりにそう言い放ったアルベールだったが、それに答えるように森がどよめいた。


 森全体が何かに一斉に反応したかのようであり、何か良くないものを感じ取ったかのような感覚だ。




「何か来る!」






 それをいち早く察知したのはレナであった。 


 そして、そう言い放ったとほぼ同時に森から何かが飛び出した。






「アハハハハハッ!来た来た!


男の人かな!女の人かな!もしかしたらドワーフ!?一体誰が来たんだろー!楽しみだなー!」




森から聞こえる謎の声。




 先程まで確かにあった優雅空気を完全に壊し、ドタバタと品のない足音で登場したそれは一一まさかのエルフだった。




 考えてみればエルフしかいないのだろうが、森から響くそれは到底エルフとは思えなかった。




 どちらかといえば、ドワーフなどの野蛮な種族のそれであった。






「ねえ!外の人でしょ?


いいねいいね、その格好!人間って多彩だよねえ。いろいろ教えてよ。どこで買って、どんな人がいて、どんなものを見てきたか!」




 


 目の前に唐突に現れたエルフの少女。 


 彼女から解き放たれるテンションや喋り方からは、本当にエルフ?と疑問視してしまうほど想像とかけ離れていた。


 しかし、彼女の尖った耳に整った顔立ちを見れば、エルフだと認めざるおえなかった。


 未だにすべて状況が飲み込めていないにも関わらず、慎ましいとは言い難い胸をたゆんたゆん揺らしながらアルベールへと接近し。 




「人間だよな?」




 と、KISSしてしまうんじゃないかと心配になるほど顔を近づけてきた。


 そして、彼女が笑顔になったときにだけ現れる八重歯がさらに野性味を助長させていた。




「おおっ!君も人間?」




 レナが少し心配そうに見つめていたためか、次の興味の方向性はレナへと移る。そして彼女はまたしても、距離感無視でグイッと顔を近づける。エルフ特有なのかは知らないが、距離をつめた拍子に植物のいい香りした。




「やっぱり人間にも、女の人ってちゃんといるんだ!やっぱいいね、人間種は!すぐに男女がわかるからね!」




 納得したエルフだったが、レナの慎ましやかな胸を見た途端反応が変わる。


 エルフは自分の胸を触り、その後レナの胸部を眺める。 




 「それにしては……ないような?ああ、そうか!人間は成長が早いんだもんね!私が十七歳だから……あれ?成長が早いなら何で小さいんだ?」




 彼女が独自に繰り広げる一人舞台の上で、的確にレナにダメージを与える。


 レナはこの類いの人間は苦手らしい。       


 正確には人間ではないが、顔を近づけてきたエルフと距離をとる。そして、彼女は必死に頭を回しアルベールから聞いた話しを思い出す。   


 それは、エルフは知識の種族と呼ばれていると言うことだった。






「あなたこそエルフ?それにしては品も知性も感じられないけれど?」






 レナはエルフからは受けたダメージを言葉にのせて、嫌味を含むように質問をした。






「そうだよ。知識の種族だからね!」






 エルフは即答で返し。


 嫌味で言われたことすら気づかない彼女は、少し誇らしげであった。その様子からもわかるように、もはや彼女は誰の手にもおえない。






「そう、よかったわね」






 レナの中で猛烈に燃え上がる怒りがアルベールにはハッキリと見えた。   


 だがそんなことを露程も思わない彼女は、次々と地雷を踏み抜いていく。






「人間って、みんな胸が小さいの?


……君みたいに?」






 エルフから飛び出た嫌味ゼロの攻撃はレナの胸をえぐる。


 嫌味や悪意があれば悪口として流せるが、純粋な問いとして口にしたことはどうしょうもない。ただ事実として突き刺さる。 


 レナも何か言い返そうと相手を仔細に眺めるが、暴力的なまでな胸に引き締まったお腹回り、すらりと長くキレイな足に何も言い返せなかった。


 それを気遣ったアルベールは。






 「気にするなレナ。君がいつも言っていることじゃないか、人間では他種族に勝てないと。これも種族値の差というやつだ、何も気にすることはない」






 フォローどころか嫌がらせに近い発言に、怒りの矛先はアルベールへと向かう。






 「何あなた?私をバカにしているの?」






 くるりとアルベールの方向を向き、王都の裏通り以来の激しい怒りがアルベールへと飛び火した。








 「馬鹿になどしていない。ただ、貧乳派という確固たる派閥があることを忘れてはならない!むしろ、数少ない貧乳派からしたら理想的だ。ツン率99パーセンに、黒髪貧乳、現実的で冷たい口調。まさにパーフェクト!これほどまでに面白い……!いや失礼。心惹かれる女性はいるだろうか!?」






 そう言い放ったはアルベールの足に激痛が走る。






 「ひゃっ!!」




 


 アルベールが子犬のような声を上げ足を見ると、アルベールの足にレナの靴がエグりこむように踏みつけられた。






 「あらごめんなさい。なぜだかとてもイラッとしたの。続ける?」






 笑顔で問うレナ。


 未だに少しずつ足がえぐりこみ続けていた。






 「やめます!やめさせていただきます!ですから、足を!足をどけてください!」 




 数秒にわたって続いた拷問から解放されたアルベールは、思い出したように口に出す。






 「ふぅ。私としたことが忘れていた。綺麗な花ほど棘があると」






 「良かったわね、気づけて。足に穴を開けたくなかったら、今後の会話にも気をつけることね」








 レナがそういった次の瞬間一一


 アルベールの顔が引き締まる。


 無論、アルベールほど軽薄な男がレナの忠告程度でさせるものではない。 


 それにわずか遅れ、レナが異変を察知する一一視線。


 何者かからの視線である。


 この辺りには森の他何もない、ただ平野が続いているだけ。


 視線の感じる先は間違いなくエルフっ子が飛び出してきた森からであった。


 しかし、向けられた視線がいささか不自然であった。


 レナの背後から感じているにも関わらず、自分を見ている感覚がまるでしない。


 自分を突き抜けた先、アルベールへと向けられていた。


 レナが振り返るとーー。




 一一双弓の矢がレナの背後、森からシュッと音を鳴らしアルベールの血しぶきがレナの頬に飛び散る。


 その刹那にもみたない音がすぎるとほぼ同時、アルベールは地面へと吸い込まれるように倒れ込む。






 「アルベールッ!」






 レナの一言。


 アルベールへ近づこうとかけよるレナに、森から再び矢が放たれ、動くなと言わんばかりに足元に矢が突き刺さる。






 「今すぐ立ち去れ」






 音が反響して声の主がつかめなかったが、気品のある声立ちが響く。


 おそらくではあるが、二十人ばかりいた。偵察にしても、見張りにしても大袈裟な人数ではあった。 


 そして、たった今起きた洗礼とでも言うべき行為に緩和していた恐怖が蘇る。


 否、正確にはアルベールが存在していたから緩和されていた恐怖。


 精神的な柱であった彼を失ったレナは、途端に目の前が暗くなる。


 手の先から、足の先から、あらゆる部位から温度が吸い取られ、心臓にその感覚が届きかけた瞬間一一








 「いやぁー危ない危ない。さすがの私ももうダメかと思った」






 緊張感のない声をあげて、ムクリと起き上がった男。


 レナが「ふぅ」と息を吐き出し、多少平常心へと返り咲く。


 アルベールは頬をかすめた際に出た血を拭い立ち上がる。


 そして、




 「突然の来訪で申し訳ない。この通り、エルフに好まれる茶菓子を用意した。少しの時間と、お茶を用意してもらえるかな?」




 バックから取り出した茶菓子を見せびらかすようにお披露目し、極めて友好的な笑みで接した。


 が、その返答を行動を持って突き返す。


 矢が茶菓子を射抜き、地面へとばら撒かれた。






 「最後の忠告だ。立ち去れ」






 圧倒的強者たちから向けられる最後の警告。


 姿が見えずとも感じる恐れは、数時間かけた道のりを一瞬で引き返すものであった。




「アルベール逃げましょう!下手に相手を挑発するのは危険よ」






 レナは現実的な判断に沿って下した決断よりかは、生物的な判断によって下した。


 本能とでも言うのだろう。


 彼らが警戒しているのは自分ではない。


 それを理解してなお感じた恐怖は、アルベールへと向けられた警戒より遥かにマシなものであったはずだった……。


 それでも、レナが味わったそれは、恐喝を遥かに凌駕させるものであった。




 「大丈夫さレナ。彼らが私達を殺す気なら、私達はもうここに立っていない」




 こと交渉において、表情を読まれるのは致命的なミスである。


 それ故、レナはアルベールとエルフとの間に交わされる問答をポーカーフェイスで貫いていた。


 しかし、アルベールはレナの心中を意図も簡単に看破していた。






 「だがおかしい。確かこの森にはエルフがいるという情報があったのだが、今の行動はいささか知性にかける。いや、無理もないか?


たった二人の人間の相手すらままならない者に、礼節を求める方がどうかしていた。


 それとも、森とともにエルフたる矜持まで捨てたのか?」






 ニタリと、相手を食ったような態度で接するアルベールに、先程とは違い殺意を込められた矢がアルベールへと向けられた。


 普段見せる愚者はもうそこにはいない。


 表情は異なり、絶妙に相手を煽る。


 それも、王都で見せたあの表情とも少し違う。


 威圧的であり、小馬鹿にした感じでもある。


 そして、姿は見えないが不快に感じたことだけはわかる。


 二十人近くいるエルフ達が、アルベール目掛け矢を放ったからだ。


 が、それらの攻撃がアルベールに届くことはなかった。


アルベールの眼前で、すべての矢が弾け飛んだのだ。


確かに一瞬存在した不自然な風、それがアルベールの身を守った。




 「長老!せっかくの客を追い払おうとするなー!」 




 っと、アルベールの後ろのエルフが騒ぎ出す。




 「黙れリサ!これ以上仲間を失うわけにはいかない」






 未だ姿が見えないどこぞのエルフがそう言った直後、そのエルフが微かに動揺したらしい。


 アルベールがふっと笑ったからだ。


 そして、この男がそれを見逃すはずもない。






「へぇー。誰かに殺されでもしたのかい、爺さん?」






 不敵な笑みでそう返すアルベール。


 彼が見据えているそこは、レナからすればただのなんの変哲もない葉っぱが生い茂るだけの樹木にすぎない。


 無論、それはアルベールとて同じ。 


 だがあえて、先程から問答をする若きエルフにではなく、一言すら発していない年寄りエルフへと問いただした。






「部外者は立ち去れと言っただろ!」






 若いエルフは、声色でわかるほどの動揺をしていた。






「そうカリカリするなよ、長生きできないぞ。


だいたい、何の意味もなく


このご時世に旅をする者がいると思っているのか?


未知の脅威が間近に迫っているかも知れないのに、たった数人の人間にビビり、貴重な情報源を逃がすとは知識の種族が聞いてあきれるな。


未知を既知に変えなくてどうする?


まだこの女の方が数段賢いぞ、爺」






 アルベールは続けて若いエルフを無視し、年寄りエルフヘと問いを続ける。


 しかも、問いの内容は明らかに挑発だった。


 見下しているはずの種族からのこれ見よがしの挑発、プライドの塊である彼らが憤慨しないわけがない。


 それを予期してなお煽る。 


 その矛盾こそが、彼が愚者と呼ばれる由縁。






「一一ッ!」






 大気を通し、エルフの怒りがピリピリと肌を刺激する。 


 どうやらアルベールは、エルフ達の逆鱗に触れてしまったようだった。 


 だがレナには、アルベールが絶体絶命の危機にひんしているようには見えなかった。


 なぜなら、この男はあえてエルフ達の逆鱗に触れたからである。


 この男は常に常人の一歩先にいる。


 すべての出来事が必然のような顔で悠々と佇む奇妙さは、得体のしれない不気味さがありどうにも気持ちが悪い。


 そこに、他のエルフとは明らかに雰囲気が違うエルフが一人。


 声色を通し感じる。




「よい。入れてやれ」




 ここでようやく口を開いた長老もまた、その得体のしれない脅威にあてられたからだろうか?




「長老!」






「これ以上は無駄だ。どう転ぼうと我々の負けだ」








 劣等種にプライドではなく未来を見て喋る。または接する。これができるものがことのほか少ない。 


 上位種族であればあるほど驕りや慢心があり、それに比例してプライドや自尊心が向上していく。


 「ほう?」っと、アルベールが意外そうな顔し訝った。






「さすがは爺さん。長生きはするものだねー」






 その発言を吐いたアルベールの表情は、いつものアルベールヘと戻っていた。


 愉しげに、ニタリと笑みを浮かべるアルベール。


 やはり、この男の心は誰にも理解できない。






 「リサ、この森達を案内してあげなさい」






 そう言って失せる長老に、周りの若いエルフには理解できていなかったことだろう。




 長老の苦渋の策と、長老の発した『我々の負けだ』という意味に。


 長老とて、人間を森に入れるのは御免である。


 しかし、劣等種。しかも最弱の種である人間種が、少数でエルフがいる森に来るなどただ事ではないことは理解していた。


 上位種族であるエルフに会いに来るほどのこと、それほどの脅威が迫っている中で無視するのは危険と判断したのだ。


 本来なら森へ入れずに話を済ませたかったが、アルベールのなんとも言えない空気感。


 それが、エルフにとって脅威を与えるだけの何か。つまるところ、生物としての感に触ったのだ。






 「はぁーい。人間の人ー。こっちだよこっちー!どこ行きたい?」






 「そうだなぁ。せっかくエルフ里に来たことだし、沐浴でも覗かせてもらおうかな」






 「オッケー。行こっか!」






 エルフの森に入るという禁を犯してなお、それに続く禁を犯そうとするアルベールを止めるものはいなかった。


 それは、このエルフっ娘がそれほど手に負えない問題児であることの証明でもあった。








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