第10話傷痕
★★★
「ねぇ、アルベール。
何で私がこんなことしなくちゃいけないの?」
レナは怒っていた。
まぁ、無理もない。いきなりこんなところへ連れてこられたら、誰だって怒る。
場所は、王都一一門前
アルベールは朝早くレナを叩き起こすと、必要最低限の荷物だけを持たせここまで連れて来た。
「……?相手を攻める前に偵察をするのは、至極当然だと思うが?」
「だから、なぜ私とあなたでしているのかと聞いているのよ!」
実際は数人で来ていたが、ほぼ二人と言っても過言ではないだろう。
「まあ、そう怒るなよ。
君だって、相手の戦力ぐらい知っておきたいだろ?」
半ギレ状態のレナを慰めるためか、最もらしい理由を並べて軽く慰める。
この男に流され付いてきてしまった
自分に呆れたのか、歎息をつき冷静さを取り戻す。
「こんなところから相手の戦力がわかるの?」
「正直そこをつかれると痛いが。まあ、ここにいてもしょうがない……入るか」
城壁をペタペタとさわりながら、何かを探すアルベール。
「あなた、何をしているの?」
「ん?ああ、王都には検問があるからな。裏で取引されるような商品を持ち込むための隠し通路が 一一一一一 おっ!
あった」
微妙にズレている城壁の一部を取り外し中へと入る。
一一王都一一
王国に入ると、前にもましたどんよりとした沈んだ空気が漂う。
王都を離れて三日ほど経っていたが、国と人々が被った傷跡が癒えるはずもない。
だが、国として機能しないほど被害を受けているようにも見えなかった。
こういう言い方は非常に良くないが、アルベールが引き寄せたモンスターの数からして、人間が対処できる数から外れていた。
つまり、王都にいたモンスター達は忽然と姿を消したことになる。
「サツバツとしているな」
人々は目を血走らせ、何かに怯えていた。
自分たちの代わりに生贄に捧げられる者たちがいなくなり、次は自分とばかりに怯えているのか、平和だと思いこんでいたこの場所が、たった数秒の間に血の海になった惨劇に恐怖しているのかわからないが、数日前の愉快な空気は完全に死んでいた。
アルベールは顎を引き、前を睨みつけるように歩き出した。
レナもその後に続くように歩き見回すと、シャッター通りのように店は閉められている。
こんなところにいつまでもいたら、ここにいる人達のように気が滅入ってしまう。
そんなことを考えていると、アルベールの足元にボールが転がってきた。
ボールが来た方向を見ると、少女が怯えながら立っていた。
アルベールはそれを拾い上げ少女に渡すと、少女が出てきたと思われる孤児院から女性が見える。
アルベールに礼を深々とすると、笑みを浮かべた。
とても柔らかな雰囲気と、長くふわりとした髪の毛とが相まう美女が立っていた。
美女が頭を下げて数秒ののち、子供たちが釣られるように姿を現し囲む様は、まさに聖母である。
溢れんばかりの母性は、老若男女問わず誰もがついつい豊かな胸に顔を沈めたくなる。
そして、その彼女に誘われるがまま孤児院へと上がり込む。
席へつくと、ハーブティーのようないい香りがコップへとそそられる。
その香りだけで、国全体を蝕むような空気感が幾分かマシになる。
「どうも」
レナが一言礼をいい、子供たちを眺めた。
「全員孤児ですよ。親を失った子どもたちは、皆、私が引き取っているんですのよ」
「……そう。あなたもここの生まれ?」
「いいえ、私は3年ほど前にここに来ました」
女子同士で軽く談笑していると隣で、アルベールはコーヒーを軽く口に含みゆっくりと飲み込む。
その様子が不機嫌に見えたようで、少しよそよそしく尋ねた。
「あの……お気に召しませんでした?」
「いや……悪くなかったよ……」
アルベールがコーヒーを置くと、何の前触れもなく唐突に話を切り出す。
「数日前、モンスターがここに出現したはずだ。何があった?」
何があった?レナの中でアルベールを眺めながら、良くもまぁいけしゃあしゃあと述べたものだと軽いジト目で睨む。
「……。」
美女は子供達を少し心配そうに見つめた。
子供の前で話してほしくなかったのだろう。しかし、子供達が気にする素振りをなかったことを確認し終えたのか、真っ直ぐに伝える。
「王国兵がをすべて討伐されました」
「そうか……。」
アルベールは息を漏らすように言葉を落とすと、鼻から空気を取り込み背もたれによりかかり顎を上げる。
「どうやら、あなたの想定以上に敵は強大だったようよ」
「……そうだな。おそらく……人類君達が考えるよりずっとね」
レナは子供たちを一瞥して、満を持して投げ掛ける。
「……。この中に、あの騒動で両親をなくした子供達はいるのかしら?」
「おりません」
キッパリと答える。
「そう。じゃあ、あのモンスター達が押し寄せた原因はどうなっているのかしら?」
「繁殖しすぎたモンスター達の暴走となっています」
「わかったわ、ありがとう」
レナはアルベールを最後に一瞥し、問いを終えた。
質問の意図的には、レナ自身が知りたい内容よりかはアルベールに知らせたい内容に思えた。
彼女は魔法を使えない。
また、その知識は殆ど無いに等しい。
それでも、あの騒動を引き起こした元凶はアルベールだとなんとなく理解していた。
だが、それを彼女はそれを咎めない。
一度でも人類という種族の生存を諦めた者が、今更どの面で折檻できようものか。
頭で理解していた事を言い聞かせ、ネーゼと出会った店から抱えた気持ちをもう一度鎮める。
しかしながら、彼女はアルベールに知っておいてほしかった。
アルベールが引き起こしたあの騒動で、どれ程の人間が死んだのか。
直接その問いを持ち出せなかった臆病な自分に多少嫌気が差したが、子供達の無邪気な顔を見るとどうにも婉曲してしまう。
アルベールは席をたつと、コーヒーを3割ほど飲み干し扉へと向かう。
「あの……気をつけてくださいね」
「ええ」
ドアノブに手をかける直前に声をかけられ、一瞬静止したのち、ドアに手を掛け振り返ることなく出ていった。
その後ろ姿を、最後まで見送る。
そして、その男に付き従う少女に問う。
「あなたはどうして、あの人についていかれているの?」
「さあ、私が聞きたいくらいよ」
レナ自身が自分に問いたくなる質問だった。
不満も不服もあったが、別に国を良くしたい。人類の救済の道を探したい。なんて殊勝な願いは微塵も存在しない。
ただ……この男の行く末に、どうにも惹かれてしまう。
吹けば消えてしまいそうな弱い灯火を、道化と化すことで保ち誇張する。
その様は、弱者の虚勢であることは疑いようのない事実。
聡明であり、嘘を見破るすべに長けている彼女にとっては、彼のあり方は到底容認できないものだ。
しかし、惨めでも必死に足掻く彼を止めることなどできない。
だから……彼女は見届けることを心に決めていた。
それ故に、彼女は憐れみの目線を彼に浴びせ続ける。
レナの心根を知ってか知らずか、聖母からふと何かがこぼれ落ちる。
「男の人って、なんであんなにわかりやすいのかしらね?意地っ張りで、弱くて、負けず嫌い……。だから、あなたが支えてあげてね」
「……考えておくわ」
レナは判断に困った。
彼女から出たささやかとは言えない願いは、自分には重すぎるが故に。
それ故に逃げた。目笑する彼女の目を離し、レナもアルベールに続き外へ出る。
が、外へ出る前に、密かにどんよりとした空気に耐えるべく覚悟を決めた。
それでも心に棘が残る。
……国を蝕むほどの空間であっても耐えられるレナが、一人の女性から託された願いにお世辞でも引き受けることができないことがレナ自身どうにももどかしい。
そんな万感な思いが押し寄せる中、何やらレナは何かとぶつかる。
当った感じからして、人間であることは間違いないようだった。
戸を開けた途端にぶつかるのだから、無論相手側が悪い。
しかもどうやら、レナが飛ばされなかったことを考えると相手は扉の前で止まっていたっぽい。
「ちょっと?」
レナが不服そうに声をかけると、アルベールが突っ立っていた。
それも、まるでレナとぶつかったことなどどうでもいいように一点を眺める。
レナもそちらに目を向けると、何やら兵があわただしく動き回っていた。
しばらくし、王城の門が開き兵たちが出てきた。
出陣というところだろうか?
数千の兵が移動する中、アルベールは一人の男に目が止まった。
190は越える身長に加え、熊のような体躯の背中から覗かせるのは、柄の部分まで入れれば2mはあろう大剣を背中に携えた男だった。
「行くのでしょ?」
「ん?ああ……」
アルベールは、その男に気を取られ心ここにあらずといった感じだった。
「どうしたの?何かを気になることでも」
レナはアルベールの視線の先を探ったが、特に危惧すべきものを感じ取ることができなかった。
「……。」
「まあいいわ。どうせ、ちゃんと答える気はないんでしょうから」
レナは初めてアルベールに気を遣った。否、レナの生涯において、アルベールに向けた最初で最後の気遣い。
この男、アルベールには届かないだろう。それほどまでに、彼を強く惹きつけてしまう。
「それより、彼らはどこに向かう気なのかしら」
「ああ……。それなら、北に少しばかり行ったところにある平野だろう。
あそこはモンスターの『群生地』だ。ときより数が増えすぎて、国を滅ぼすこともあるそうだ。
だから、ちょいちょい数を減らしているのだろう」
「で、なぜあなたがそんなことを知っているのか気になるけど……いいわ。行きましょう」
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