第11話最強

 兵たちのあとを追い平野へとつくと、


 アルベールとレナはそこを一望できる場所で身を潜める。










「いいか!我々の役目は一匹でも多くモンスターを殺し、王国につかの間の平和をもたらすことだ!」




「「はっ!」」




 騎士長らしき男が、兵士達に激励の言葉を投げかける。


 が、少し妙だった。兵士達が生き生きとしていたからだ。敵はモンスター。つまり、自分達より上位の存在。なのに、なぜあんな表情をしていられる?人類にとって強者に逆らうなは絶対条件、本来なら嫌で嫌で仕方がないはずなのだ。


 今にして思えば、アルベールを支持して付いてきた者達の中には兵士達がいなかった。


 それを疑問視したアルベールが偵察に来たのだが、わざわざ王都へ残る理由でもあるのだろうか?


 実際、モンスターと日々命のやり取りをする上で、モンスターの脅威を知っているからと言われればその通りなのだが、だからといって兵士達のあの表情までは説明できない。




 


 「よし!始めろ!」






 「「はっ!」」




 兵士達は数人で小隊を作り、モンスター達を撹乱させるように戦いを始めた。


 戦況はレナが予想した通りに進んだ。小細工をする人間を意にも介さず、暴力を持って粉砕する。 


 兵士達が苦戦するだけあって、住民達が倒したモンスターとはレベルも体格も異なっていた。




 「さすが王国の騎士達ね。他国の者たちなら、今頃逃げ出しているか撤退していたでしょうね。でもわかるでしょ?いくら王国の騎士達が優秀とはいえ、彼らだけでモンスター達を倒すのは難しいわ。あの王も、とんだ愚王のようね」








 「いや、どうやらあの王はなかなか頭がキレるようだ。おそらくあの王が言っていたように、あの男のおかげであの国は滅ばずにすんでいたのだろう」




 昨日散々煽り倒した相手とは思えないほど敬意を払う。レナに理解できなかった。戦況から見ても、明らかに王国側が不利だったからだ。




 「どういうこと?」




 「ここはモンスターの群生地帯だ。つまり、ほっとけば間違いなくあの国は呑み込まれるだろう。実際、私と君が途中休憩を挟んだあの国は、モンスターによって滅ぼされていたようだし。もしあの王が愚王だとしたら、ここに兵を出すことはしないだろう。王国だけでなく、地形やモンスターの生態に詳しくなかったら、こんな手段はとらないさ。それにあの兵士達の戦い方、実に人間らしい連携が取れた戦い方をしている。昨日今日でできる戦い方じゃない。国政、軍事力、ありとあらゆる面で彼の優秀さが垣間見れる」




 アルベールは素直に感心し、「あなたを愚王と侮ったことをここに詫びよう」と謝罪と敬意を払い頭をペコリと下げる。






 「随分と評価が改善されたようね、あの王の元へ戻って降伏でもするの?」




 「アハハ!冗談はよしてくれよ。私と彼では求めるものが違う。現に一一」




 「ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!」




 たった一刀。戦渦の中で生じるあらゆる音に水を差し、戦慄の轟音がすべてを振り払う。


 


 


 


 音の正体が掴めないレナに、未だかつて感じたことのない寒気が襲う。


 悪寒にも似た感覚だ、目で捉られてもいない音の正体に、不思議と恐怖が湧き上がっていたのだ。


 


 それを皮切りに兵達は勝利を確信したようだった。


 戦況から見ても、劣勢であることは事実。なのに、彼らは歓喜の声を上げる。


 






「さすが王国の守り神!」




「我らの救世主!」




「ドン!ドン!!ドン!!!」




 




「何!?何が起きているの!?」




 状況を理解できていないレナの目に映ったのは、モンスターをねじ伏せる男の姿だった。


 男は全身を鎧で覆い、大剣を指揮棒でも操るかのように振るう。


 ありえるのか?レナは自分の目を疑った。人間とは思えない雄大な肉体を持っていたが、相手はモンスター。人間が勝てるはずがない。いや、勝っていいはずがない。それは理を外れると同義だ。ましてや、暴力でモンスターを上回ることができるのが驚きだ。知略で、戦術で、魔法で、人間が勝てる手段を根本から外れているからだ。






「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 




 だが、さすがはモンスター。


 生存本能とでもいうのだろう。


 兵達が落とした大剣を振り上げ、奇声気味にあげた声とともに渾身の一撃を鎧の男に振るう。


 




「グァァァァァァァァァァァ!?」




 




「違うな。こいつも違う」




 モンスターの攻撃を意図も簡単に受け止めると、握力だけで大剣を握りつぶす。


 そのままモンスターに睨みを利かせ、ゆっくりと距離をつめる。




「グアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」 




 モンスターが怖じ気づき、ニ、三後退りする。




「凄まじいな、モンスターが恐怖を感じている」


   


 おそらくではあるが、この男が初めてだろう。モンスターに恐怖を抱かせたのは。






「構えろ。


知能も理性もないお前らが、恐怖を感じてどうする。今まで、散々鏖殺してきたのだろう?」




「グッ…!グアアァァァァァァア!!」


 


 モンスターは角を突き出し、前足を地面につけ軽く地面を蹴る。


 鼻息をフンとつくと、「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!」と唸り声を上げ突進する。


 


 が、それをたった一刀で斬り伏せる。 


 戦闘とは思えないほどあっさりとした決着、次々とモンスターを沈め、血の雨を降らせるさまはただの処刑場とかしていた。


 モンスター達には恐怖を与え、兵士達からは憧憬の眼差しを集める。






「強い……強すぎる!?」




その常軌を逸するほどの強さにレナが驚愕していると、ここで疑問が浮かぶ。


なぜ王都はこの男の存在を隠しているのか?


だが、その疑問は簡単には解けた。


彼は英雄の器ではなかったのだ。


この国に勝利をもたらすために殺すのではなく、もしてや英雄になるためでもない。ただ、目の前にいる誰かとひたすらに戦うことを願うただの狂戦士にすぎなかったのだ。




 一つ謎が解けるとそれに続いて新たな謎が現れた。


 モンスターを凌駕する男がいて、なぜ住民達は生贄にする必要があるのか。


 芋づる式に出てきた謎ではあったが、こちらもすぐに謎が解ける。


 王国側をよく見ると、明らかに兵士ではない者たちがあちらこちらに存在した。




 「これが平和の正体か?」




 アルベールの一言。


 囮になっている兵士の他に、その役割をしていたのが彼らだった。


 だがおかしい。


 囮兵に比べ、住民には誰かと組んでいる様子がない。


 それどころか、誰一人として兵士が近くにいない。




 「パパは……。お前のために頑張るからな」




 首から垂らすペンダント。


 その中に映る男と、その男に抱えられた幼い少女の写真。


 モンスターの足音が刻一刻と迫る中で、微動だにせず震える身体に言い訳をするように何度も何度も繰り返す。


 住民達の身体に不自然に巻き付いている謎の物体。


 そして、そこからのびる配線の先を手で握りしめる。 


 


 「パパはッ!お前達のために……!うわああァァ!一一一ッ!」


 


 男の絶叫。


 震え動かない指を、頭で無理くり押し込み弾け飛ぶ。


 爆音が男の絶叫をかき消した。


 




 そう一一彼らは人間爆弾。




 モンスターをできるだけ引き付けたと思えば、自ら自爆したのだ。 


 その一つ目爆発を皮切りに、あちらこちらで続けざまに爆音が響く。


 数百人もの人間が一斉に上げた絶叫。その後の爆音が、時間にしてたった3分。  


 そのあまりに短い時間の中で、おびただしい数の屍が宙を舞う。


 吐き気がした。


 焼けた肉の臭い、腐臭に限りなく近しい臓器の悪臭。


 無惨としか言い表せない骸が飛び散り飛散する。


 アルベールの距離ですら気が遠くなる。


 その場、間近でそれらを浴びる彼らがまともでいられるはずかない。


 ましてや、これが一体何度目の体験なのだろう。


 


 「ハッハッ!どうだ化物共!これであらかた片付いたぞ!ハッハッ!」




 狂喜の笑い声が響く。


 絶叫と爆音の次が、下卑た笑い声。


 たった今失われた数え切れないほどの命が失われた状況の中でも、成果を上げ業をたたえる彼らはもはや人ではなかった。


 否、人ではいられなかった。


 こんなことが数年続いてみろ、正気を保っている方がどうかしている。






 「ひどい……。ひどすぎる……!これが、人なの?生きるために、ここまでしているの?」




 現場の苦労は現場の人のみぞ知る。


 生贄として連れて行かれた以上レナとて、彼らの死が生半可なものでないことを理解していた。


 それでも、これはひどい。


 さすがのアルベールもこれには言葉が出ない。


 目をそらすレナを気遣うこともせず、静観し、アルベールはこの光景を焼き付ける。


 傭兵家業を営むアルベールが忘れかけていた感覚。久しく湧き上がった吐き気と胸糞悪い目の前に広がる酸鼻さは、貴族たちの娯楽の所業よりたちが悪い。


彼らが行っている行為は王国、もとより人類を救う行為と言えなくもなかったからだ。


 悪行をなして正義を成したと勘違いする彼らを咎めるものがいないのも、彼らがここまで墜ちた要因なのだろう。


 そしてアルベールの後方に控えるレナにとっては、想像を絶するトラウマになったことに違いない。


正直、アルベールの想像をゆうに超えていた。


レナには世界を改めて眺望を望んだアルベールだったが、これほど人類が堕ちているのならアルベールもレナを連れて出向こうとはしなかった。




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