第9話愚者か賢者か
一一王国から少し離れた小さな町
アルベールは、王国に不満を持つ者たちを引き連れ酒場で一休みしていた。
「おいアルベール。何で仕事で来た王都から逃げるように立ち去ることになるんだ?おまけに、変なおまけまでくっついて来てるし」
セレンがアルベールを見て言う。
彼女が向ける視線はジト目である。少し不服そうであり、何らかの個人的な感情がそこにはあるきがした。
「ん?あんた化物が押し寄せた国にまだいたかったのかい?」
「そうじゃねーよ。私は、何で逃げるようにいなくならなきゃ行けなかったのか聞いてんだよ!まさかお前、また面倒事引き起こしたんじゃねーだろうな?」
「おいおい。私を少しは信用したらどうだ?私が今までそんな迷惑をかけることをしたかい?」
アルベールの言葉に傭兵仲間全員が肩をすくめる。
呆れとは違うが、それをお前がいうか?とでも言いたそげな態度だった。
「してねえと思ってるのか?」
「え?何かした?」
「……。」
しばしの沈黙のあと、フィナは先程から気になっていた質問をぶつけた。
「それよりアルベールさん。向かいにいる方は誰なんですか?新しい傭兵仲間でしょうか?」
丁寧な口調で、優しく問いかける彼女の品の良さは生まれつきのものか、それとも貴族出身であるがゆえか。
「あー、そういえば紹介してなかったな。彼女はレナ。私のフィアンセだ」
「違うけど。レナよ、よろしく」
「あっ、こちらそこよろしくお願いします。フィナと言います。こちらのお酒を飲まれている方は一一キャッ!」
そっけなく挨拶をするレナに、ペコリと頭を下げるフィナ。
その途中で、フィナ胸部が何者かに弄られる感覚が走る。
「そんなかたっ苦しい挨拶はいいんだよ。私はセレンな、よろしく。お前もこの胸みたく、ちょっと堂々とすりゃあいいのによ」
セレンはフィナの背後に回り、彼女の豊かな胸を弄り続ける。
「あ、あの……。わかったので早く離してもらえますか」
「う――。」
彼女が胸を弄ってしばらくしたあと、唸り声を上げる。
そして、弄っていただけの胸はピンポイント攻撃へと移っていた。
「な、なんですか?」
声を少し抑えている彼女は少し魅力的だったが、アルベールの視線はなかった。
馬鹿騒ぎしてる住民達もまた、その行為に目線が移ることなく女同士の会話が続く。
「私もこれくらいデカかったら、今頃結婚してたのかな?」
「無理じゃない?」
唸り声を上げたセレンのその言葉に即答したのは、カゲミツだった。
木の柱によりかかり、興味なさげに視線を向けることなく攻撃を仕掛けたのだ。
「あっ!?無理ってどうゆうことだ!」
「そういえば、お酒の飲み過ぎで太られていましたね」
「うぅ……フィナまで。もう……みんな嫌いだ」
「ハッハッ。安心しろ、私がちゃんともらってやる」
「うん。ありがとよ、アルベール。親父、ビールなビール」
「あれ?ダイエットしなくていいのですか?」
「うるさーい!」
傭兵達はアルベールを残し、カウンターテーブルへと移動した。
レナはいきなり傭兵達からの洗礼を受け、これから共に歩む彼らとの旅がいささか不安になっていた。
「あなたのお仲間も、あなたに負けず劣らずの騒がしいのね。で、
なぜ私までこんなところに?」
「何だ、私を支持してついて来てくれたのではなかったのかい?
それに、君と私の勝負はまだ続いている」
レナとアルベールは机を挟み、向かい合わせに座りながら会話を続ける。
レナは時より紅茶を飲み、目の前の男から湧き上がった万感な思いを押し込むように紅茶を飲み込む。
アルベールは毎度のごとくヘラヘラとした態度をとりながら、本を片手にコーヒーを嗜む。
そこに一一
「お客さん。ここは皆が食事をとりながら会話を楽しむ場所よ、辛気臭い顔で文学と向かい合うのはこの私に失礼よ」
住民達が開放されたばりに笑顔で昼間っからお酒片手に馬鹿騒ぎする中で、比較的静かにするアルベールに物申す店員。
ピンと背筋を伸ばし、自信ありげに胸を張る。
左のトレーを肩の高さで持ち、自分自身の可愛さを理解してる口調で接する。
「これは失礼。まさか君のような美少女がいると思わなくてね」
アルベールは口につけたコーヒーカップを皿に戻す。
アルベールがいった通り、彼女の容姿は美少女と呼ぶべき顔立ちをしていた。
頬にあるキズがあったが、それが逆に彼女の魅力を引き立てるようにも見える。
「そうでしょそうでしょ!
私、可愛いの。
そこのお姉さんと比べると見劣りするけど、私だってそこそこよ」
視線をちょっとばかしレナへと向けたが、レナは視線が飛んでくる事を理解していたように視線を交わさず紅茶を啜る。
「でも、私に恋は良くないわ。
私のお相手は決まっているの。冷たい目で、皮肉屋だけれどもどこか愛がある人。だから私に恋はダメ。諦めてね」
スルッとアルベールへと視線を戻し、手を合わせて頬にくっつけ突然の惚気。
「それは残念。次あった時は、その人に近づける準備でもするよ」
「ええ、頑張ってね」
そう言って立ち去ろうとする店員が
「そういえば。今、王都で有名になってる反乱軍てあなた達でしょ?」
っと、不意に店員が放った一言が、アルベールのコーヒーに差し出された指をピクリと止める。
あのプライドの塊の王のことだ。
アルベールを反乱を企てた主犯にでも仕立て上げたのだろう。
事実、モンスターを引き連れたのはアルベール自身なのだから、あながち間違えではなかった。
しかし、アルベール達の所在がバレるのはさすがにまずい。
ここにいることを知れば、兵を派遣するかもしれない。
そうなれば全滅は道理。
だが、アルベールを凍り付かせたのはそんなことじゃない。
誰もが一度は住みたいと願う王都から犯罪者呼ばわりされている男達を前に、一切の嫌悪感を示すことなく接するこの少女にだ。
それどころか、むしろ親しみすら感じさせた。
「へぇー、知ってたんだぁ。
通報すれば懐が暖まるだろうに……。それとも、取り引きでもしたいのかい?
『お嬢ちゃん』」
アルベールはその一言で表情を変え、刺すような低い声で相手の様子を伺う。
「ううん、してないわ。
私、あなたみたいな人結構好きよ。
『助けたい』にそれ以上の理由はいらないもの。
だって、助けたいんですもの」
キッパリと、穢れを知らなそうな純粋な出で立ちで凛として答える。
正しくあろうとしているようには見えない。
彼女が掲げる子供じみた願望のようであり、信念にも見える。
彼女のあり方に不意に口元が緩み、
アルベールはまるでワインでも味わうように噛み締めると、少女を正面に捉え次の問いに耳を傾ける。
「なら君に問おう。
一一君はなんのために生きている?
そして、君は何で笑っていられるんだい?
ウェイターとしてのプロ意識か?
それとも、諦めからくる笑顔か?
僕に教えてくれないか?」
本当に愉しげに、それでいて恐ろしげな目線で問いかける。
彼女から発せられるすべての情報を汲み取り、心の底まで見透かした眼光炯々とした面持ちで。
「笑顔って、とてもかわいくてハッピーにしてくれるからよ」
「ハッピー?」
そのあまりに短い言葉以上の意味を含んだコールアンドレスポンスを挟み。
「そう。世の中は広いのよ、私より可愛い子だっているし、私より綺麗な子がいるかもしれない。でも、私が笑っていればその子より可愛くなれるかもしれないでしょ?」
「つまり、自己顕示欲のために笑うと?」
「何でそんな偏った見方しかできないの?私が笑えば皆が笑う。皆が笑えば世界が笑う。世界が笑えばハッピーになるでしょ?そしたら絶望なんてどこかへ行っちゃうもの。たとえ希望なくても、笑顔だけはなくなってはダメ。だって、笑えない世界なんてちっとも楽しくないもの」
舐め腐ってるとしか言い難い回答。たかが町娘一人の笑顔一つで、世界を変えられると。あまりに傲慢で愚かな回答。
浅薄として鼻白んでもおかしくない。
現に、レナであったならばそうしたかもしれない。
しかしながら自信たっぷりに、恥ずかしげもなく言い切った言葉はもはや清々しい。
馬鹿と天才は紙一重という言葉も存在する。
店員が胸を張って発した言葉は、一周回って賢人のそれにも聞こえる。
世界を回って導き出された回答がそれ即ちこれである。と言われれば、そうであるとも取れる。
だが、文字通り馬鹿正直に受け取れば愚案のそれである。
彼の目にはどう映ったのだろうか?
愚者か、賢者か、あるいは別の何かか。
レナは物珍しそうにアルベールを見る。
愚者として普段相手を驚かせるこの男が、一体どう反応するのか?と。
「いやぁ〜参った参った。私の負けだ。まったく、女性には驚かされてばっかりだ。」
アルベールの表情は綻び、破顔した。それも、とても満足そうに。
「君のような優しい笑顔をするものもいれば、私に好意を寄せながら冷たい態度ばかりとる者もいる。ね、レナ」
「蹴るわよ」
「ハッハッハ。そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったなぁ。名は?」
「私はネーゼ!ネーゼ・シルバよ。よろしく」
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