第8話虐殺

生きたまま喰われる者は、グシャグシャと自分が喰われる音を聞きながら絶命し、またある者は、内側だけをドロドロに溶かされジュースの要領にチューチューと吸われる。


 そう一一誰の目から見ても明らかなほど、人類はモンスターに蹂躙された。


 引き裂かれ、潰され、喰われる。


 まるで食物連鎖を見ているようだった。


 この場でいた全員が同じ恐怖に染まったが、一人驚きの表情を浮かべた。


 


 




 「あれれー、おかしいぞー!?


なんで人間のピンチなのに、神々は現れないんだ?」




 バカにしたように、それでいて愉しそうに煽る。 




 「そうだ!いつ来るんだ!」




 「我々を守ってくれるのではなかったのですか!?」




 アルベールの言葉に続き、住民達も王に助けを求めた。


 この状況においてなお、王に何を期待してるのか知らないが彼らにはそれしかなかった。




 「……っ!?」


 


 先程まで誇らしげに語っていた男はどこへやら?とでも言いたくなるど、王の心中は穏やかじゃなかった。


 歯を食いしばり、ギシギシと音を立てていた。


 数百年続いた王国が衰退の一途を辿る中、自分の手で最繁へと導いた自分が一一この国を潰す?ありえない。あってはならない。そうやって自問自答していると。


 その様子を見て嘲笑し、トドメでもさすかのように質問をする。




 「どうしました?顔色が悪いですよ。


そうそう。私の記憶が正しければ、今日は何でも答えてくださる日ではなかったのですか?


皆は待っていますよ、王の言葉を」






 アルベールは王を見上げているのにも関わらず、まるで俯瞰しているようだった。諧謔にしてはたちが悪い。


 おのが命が危機にひんしてなお、安全圏から見下ろす王を煽る。正しく愚者の所業。ヘラヘラと、次の手をこまねく王を肴に冷笑する。


  


 「きーーーーーさーーーーーまーーーーーっ!!」




 王としての自負があった。  


 常に最善の手を探し、王国が崩壊しないように立ち回りつつ、貴族達への牽制もけして緩めなることはなかった。


 優秀な者なら平民だって取り立てここまで来た。


 そうやって推し進め、ここまで成し遂げて来た。


 それなのに、どこでしくじった?


 何を間違えた?


 国民をはじめとするすべての者達から、畏怖と敬意を集めた自分が今向けられている視線の正体はなんだ?


 打つ手が見当たらない現状を前に、これまでの行いが頭を巡る。


 そこに投げつけられた嫌がらせ以外の何ものでもない問いが決壊させた。




 「全兵に告ぐ!この私を全力で護れ!住民達お前達もせめて!戦えないのなら肉壁として護って見せろ!」 




 住民達はもちろん。兵達でさえ動揺を見せた。


 稀代の謀略家として名を馳せた王から放たれた一命は、それを狂信した住民達を絶望へと突き落とす。


 何も神々など本当に信じていたわけではない。


 ただ、王としてのあり方。 


 彼が取る一手一手が、この国の再繁へと導いたその手腕を信じていた。


 だからこそ、この状況もどうにかしてくれるのではないか?


 そんな甘い希望にすがっていた。






 「さて、仕上げと行こうか」




 アルベールは再び手を掲げると、自分を中心とした半球状の雷の檻を作り出した。


 しかし、誰も彼がやっていることに気づかない。


 魔法そのものを拒絶してきた彼らに、それを感じとるすべがないからである。






 「おいおいおい!なんだよこれ!」




 「これじゃあ逃げられないわ!」


 




 住民達は檻を壊そうとありとあらゆるもので叩きつけた。


 しかし、檻は壊れるどころか傷つく気配すらない。


 






 「何だよこれ!この!この!この!」


 


 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!」




 「ひっ……!来るな!来るな!こっちに来るなあぁぁ!」




 逃げ場を失った者から一人、また一人と喰われていく。


 


 そして一一




「終わった……もう……終わったんだ……ハハ……ハハハ」




 恐怖は絶望へと変化し、モンスター達の顎あぎとへと吸い込まれるのは必定。




「グシャグシャ」




 


 弱肉強食を司る自然界を生きるモンスター達は、実に狡猾に動く。


 そして、人間達の思考は違う方向へと向かった。


 自己正当化。


 自分が死ぬことを正当化するだけの理由。それは多少の矛盾や理不尽を許容する。生きるために当然として備わっている恐怖の感情を、無理やり納得させるのだから。




 だがしかし一一多くの者の恐怖が混濁するなか、花を片手に生に執着する一人の少女が願いを叫ぶ。


 


 「死にたくないよ……死にたくない。だから……!来るなあぁぁ!!」




 力がない。知識もない。この世界のあり方すら知らない。少女だからこその行動。知らないから動ける強さがある。モンスターの強靭さ、逸話、習性。


その全てを知っているものは、戦う前から敗北を知る。しかし少女は、無知であるが故の一歩を踏み出した。


 だが、知らないからと言っても恐怖がないわけではない。


 目の前の悲劇を知ってなお動ける強さは、少女の強さ。いや、女の強さなのだろう。


 少女は母親の手を振り払い、兵士が落としたであろう刀を手に、モンスター目がけて刀を振るう。


 


 「やめない!戻ってきなさい!」




 母親の静止を聞かずに振り下ろされた刀は、モンスターの背中に直撃した。しかし、カーンとモンスターの厚い外殻に阻まれ鈍い音が響き渡る。




 甲虫型のモンスターは少女から受けた攻撃に気づき、「ギャァァァ!!」と汚い高音を上げ少女を襲う。




 「やめてえぇぇぇ!」




 母親が庇おうと走り出した時にはとき遅く、突き出した手が届く前に少女の頭部めがけ攻撃があたる直前。


 


 一一バリィっと音がした。どこからか聞こえた音の正体がわからないまま、光が駆け抜けた。寸刻ののち、気づくのが遅れたかのように「ズドン!」と音がし、雷がモンスターを貫く。




 「よく言った!」




 アルベールはここぞとばかりに声を張る。そして、ここにいる者が確かに目にした愚者の姿はそこには存在しなかった。


 威風堂々と、この場の全ての視線を一心に引き受ける。




「一人の少女がまだ生きたいと願い、


叫んだぞ!お前達はどうする!?


どうすれば生き残れる!?」




 数刻前から繰り返されている惨劇がフラッシュバックする中、アルベールは住民達に問い続ける。






「見よ敵を!そして己に問いただせ!今取るべき最善の策を!


このまま何もせず死ぬのと、自らの足で、新たな一歩を踏み出すのと、お前たちはどちらを選ぶ!」


 


 アルベールが発するカリスマ的な魅力は、地に伏せる一人の男でさえ魅力した。


 その男の前に、一振りの剣が輝く。


 何も特別な剣ではない。ただの普通の剣に、先程の少女が反射して映る。


 見れば見るほど非力そうで、ただの少女にしか見えない。


 それでも彼には理解できた。


 彼女と自分は違うと……。


 あの道化が求める者は、少なくとも自分ではないと。


 それを知ってなお、彼は一歩を踏み出す。






「戦おう……。俺たちの、人類の、最後の足掻きを見せてやる」




 震える手、おぼつかない足腰、恐怖に体がついてこない。


 死をくくった顔を付きで、相討ち覚悟で立ち上がる。


 いや、相打ち覚悟とは分不相応にもほどがある。


 もう少し正確な言葉を使うのであれば、彼が待つ命を使って、モンスターヘの執念の一刀を入れることに全身全霊をかける。


 例え、あの男が求めたその人の踏み台だとしても、それでいいと。




「そうだ……。やってやる!」




「そうよ!」




 


 住民達もまた、アルベールに魅せられていた。男が決断した選択に、


 住民達は武器を手に取り、恐怖を押し殺すべく雄叫びを上げる。




「「うおおおおお!!!」」




 モンスターの圧倒的な個の力を、人間という数の力で押し潰すがごとく死の旋律を凱歌と同等に奏でる。


 瞳にモンスターを見据え、一斉に潰しにかった。






 「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」




「グオオオオオオオオオオオオ!?」




「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」




「グオォ!?」




「ああぁああああぁぁあぁぁあああああ!!!!!」




 そこには戦術も何もない。


 自らの死を持ってもぎ取ろうとする執念の突進があるのみ。


 恐怖を押し殺すためにあげた声は、


いつの間にか勝利の雄叫びへと変わっていた。


 


 一一 そう、彼は知っていたのだ。


人類に何が希望となり得るのかを。


そして、言葉を操り錯覚させる己の力を。


 


国中の人々に言うが如く、


毅然とした声で力強く叫びながら、王が演説していたベランダから


ゆっくりと姿を現す。




「さあさあさあ、


これから始まるは新たなる人類の時代!


死をも恐れない勇敢なる諸君!


君たちで、新たな人類の一歩を踏み出してみないか!?この国のためではなく、


人類のための、新たな礎をここに築こう!


ここにいる誰もが英雄になるチャンスがある!約束しよう!君たちが示した偉大な一歩を!私が、いや 一一この俺が!


世界に語り聞かせ、


英雄へと押し上げてみせよう!!」




「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」




 絶望を希望へと変え、歓声が飛び交う中咆哮すら上げるものもいる。




「さあ、探しに行こうか。新たな英雄を見つけに」




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