第7話王

中央広場につくと、城のバルコニーから一人の男が偉そうに喋っていた。


 名は、ジル・ロード・プレリアス。この国の王にして、周辺国家に留まらず種族の垣根を超えて名君と名が通った男。


 彼が執り行った数々の政策は、衰退した国力を回復させるだけに留まらず、まさに今、人類が滅亡の危機に陥っているのにも関わらず、王国の最繁栄へと導いた男。


 まさに名君と呼ばれるべき男だ。


 その男を囲むような形で、住民達は静かに突っ立っていた。


 


 


 


 「よくこのめでたい日に皆集まってくれた。


王として感謝しよう。私が王となって二十年。王都は神々の祝福により


今もなお平和を保っている。


それは皆が、私の政策に従い続けてきたからに他ならない。


そして、今日は君たちの命を持って


数年の平和が訪れる。


王として感謝しよう」




 歳は意外と若く、30半ばぐらいだろう。


 指輪を人差し指とくすり指にはめ、左耳にピアスをつけていた。


 顔立ちもそこそこ整っていたが、嫌みのある言い方と鼻にかけたような態度に、アルベールを含んだ多くの者に嫌気がさした。




 「今日は非常にめでたい日だ。


私からのプレゼントとして、


何でも質問に答えてやるとしよう」




 数秒の沈黙が続いた。


考えてみれば当然だ。


これから死ぬものが、一体何を知る必要がある。王もそれを承知で言ったのだろう。


 


 


「ふむ。質問がないならこれにて一一」




 王は時計を確認し、こなれた様子でスムーズに進行する。


 


しかし一一






 「いや~すみません。


質問いいですか~?


本当は遠慮しようと思っていたのですが、王のせっかくのご行為に甘えようかと」




 馴れ馴れしく、図々しく、不遜に、王の進行を妨げる。


  あまりの軽口に、電流が走ったかのように一瞬空気がピリついた。


 効果音をつけるとすればゾワッだが、顰蹙を買わないように当然誰も声を挙げない。


 死ぬことが確定している彼らが恐怖していることからも、王の絶対的力が伺い知れる。


 


 「なかなかユニークな男が紛れ込んでいるようだな。いいだろう、


何でも言ってみろ」




 王の穏やかな表情に一安心して、兵士を含むこの場にいるものの緊張がとける。




 「ではさっそくですが、


神々はどこにいて誰から守ってくれるんですか?」


 


兵士達はあまりにまぬけな質問に鼻で笑い、王は頭に手を当て呆れる始末だ。


 とはいえ、この状況を作り出したのは王である。


 どんなに間抜けな質問が飛んでこようと答える義務がある。王は少し溜息混じりに答えた。


 




 「雲の上から見守ってくれているそうだ。そして、この国に害をなす者達を排除してくれるそうだ」




 えらく雑に答えた。


 王が語るに過ぎないことと切り捨てたからだ。


 しかし、人間とは恐ろしいものでたった一言。


 そう。たった一言間違えただけで、取り返しのつかなくなることがたたある。


 


 「つまり、人間も例外でないと……?」


 


 アルベールは低い声で問うと、ニタリとした。一瞬、ほんの一瞬だけ、この時、嫌なにおいがした。


 ここに居てはいけない。


 そんな予感とともに。




 「そうだな。害をなせば、だが」




 王は時計塔をチラリと見て、アルベールとの会話を切り上げる。


 




 「少し予定より押したか?


 まあいい。準備しろ」




 王は何やら職人たちに指示を出す。


 というのも、この国では住民たちを見送る際に花火を打ち上げるらしい。


 国の平和とその命を思う儀式とか。


 職人と兵士達がセカセカと動き、花火を打ち上げる大砲を仰向けにセットする。




 「準備できました!」




 兵士から報告を受け、ベランダで咳払い。




 「ご苦労。では、これよりこの者たちの一一」




 「バーン!」


 


 王のありがたい言葉の邪魔をしたのは、一発の大砲。


 住民達への最後の花道として無数の大砲が並ぶ中、たった一つの大砲から煙が立ち上がる。


 はるか上空で花火が虚しく鳴り終えると、焦げたような臭いがツンと刺激する。


 ここで視線が二分した。


 王の顔色を伺うものと、大砲へと目をやるものとで。


 


 「随分と寂しい花火になってしまったな」




 不服そうに漏らした王の言葉に、兵達に緊張が走る。そして、その彼らは一斉に暴発させた兵士へと視線を向けた。それは憐れみの視線ではない。怒りを含んだ眼差しである。そんな中、アルベールは極めて小声で。


 


 「そうでもないさ。せっかくのお祭りだ‥‥‥派手に行こう」




 と、薄ら寒く不敵に笑う。


 それから寸秒も経たない後に、バタバタと何やら不気味な音が聞こえた。




 「ん‥‥‥‥?何か聞こえないか?」


 


 「何かって?」




 「なんか……足音のような」




 「確かに、何かが近づいてきているような……」




 バタバタと微かに聞こえた奇妙な音は、数分、数秒ごとに音が大きくなっていった。


 それどころか、住民の一人が言っていたように近づいてきているようだった。




 「逃げたほうが良くない?」




 「馬鹿!逃げるって、俺たちこれから死ぬんだぞ!」


 




 動揺は動揺を誘い、波打つように連鎖を始める。


 多くの者が困惑し訝る中、アルベールは一人何かを待っていた。


 


 「さて、彼らにはどう映るだろうか。


自分たちがどれほどの存在で、世界は何でできているのかを。


 誰しもが人生の主役?そんなくだらない話ではない。今宵紡がれる新たな歴史の1ページには、一体誰の名が紡がれるのだろうか?さあ信じようじゃないか。彼らが信じるヒーローとやらを」


 


 小さく呟いた言葉にニヤリとし、背筋に氷塊を滑らせる。


  


 そんな時、一人の兵士が慌てた様子で王の元へ駆ける。


  


 「報告!モンスターです!モンスターの群れが多数迫ってきています!」




 血相を変え、息が上がっていることを忘れ饒舌に話す。


 


 「な、なんだと!?」




 “ヤバイ!兵達はここに集まっている。門に待機している程度で抑えるのは不可能だ“


 王は急速に思考を巡らせる。


 巡回中の者を向かわせれば多少の足止めはできるか!?


 いや、それは流石に無理だろう。


 その前に、なぜここに向かってきている?そんなことは今はどうでもいい!数だ!敵の数は何匹だ!?


  


 「バカモノ!数だ!敵の数を正確に報告しろ!」




 王が切諌するとほぼ同時に、唸り声とともにありとあらゆる形をしたモンスターが押し寄せてきた。




 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!」




 「「うわあああぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁ!!!」」




  


 王都でぬくぬくと暮らしていた者たちにとっては、想像を絶するほどの恐怖だったことだろう。


 もしかすると、この地から一歩も外へ出たことがなかった者たちからすれば、モンスターなどおとぎ話くらいに考えていたのかもしれない。






 そんな状況の中、アルベールは一人冷静に鷹揚としていた。




 




 「慌てることはない。


君たちは神々の力を信じてこの国に住み、自らも生贄になる道を選んだのだろう?なら大丈夫。


今日も神々が、我々を守ってくれるさ」




 


 アルベールがそう言い放って数分、アルベールの予測は見事に外れる。


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