第6話虚言

「ガンガンガン」




 低く、国中に響き渡る冷たい金属音、アルベールからすれば気に求めぬ些細な出来事だったが、住民達にとっては驚天動地の出来事だった。住民達の中で迸っていた熱は金属の波の衝撃とともにスッと抜け、氷点下にまでテンションを突き落とした。


 


 「なんだ?」




 状況を掴めないアルベールが戸惑っていると、住民達は一斉に中央広場の方へ向かった。




 「迎えが来たのね」


 


 戸惑うアルベール達の背後から、冷めたような口調でレナが言い放つ。




 「なんのだ?」


 


 アルベールはあえて気づかないフリした。


 住民達の顔、店主が言っていた言葉、そして一一今のレナの一言。


 そのすべてがアルベールの脳裏にちらついた。


 




 「まだわからないの?


……生贄として捧げられるのよ。


外から来たものは10年。ここで産まれ育った者は20年。数年の安寧の時の代わりに、自らも平和の礎になることを強いられる。


どお?まだ笑っていられるかしら?」




 レナが先程まで浮かべた可愛らしい少女の顔はなく、冷たく諦めに満ちた顔があった。


 だが、ここで疑問が浮かぶ。


 生贄がそんなに重要な意味があるのだとしたら、なぜ入国があんなにもゆるいのかだ。


 アルベール達が入国する際特に書類を書くわけでもなく、簡単に入国することができた。


 本当に管理がしたいのなら、書類を正式に作るなり焼印を一人一人焼付け管理でもすればいい。


 おそらくではあるが、土地や家を購入する際にそこらへんの契約をするのだろう。


 だが、家などを購入しないで宿屋などで暮らし、一生契約から逃げる者もいるだろう。それに契約の期限が近づけば、国から逃亡するものだって出てくる。


 まぁ、後者は無理だろうが。


 だが、前者に限っては強ち不可能ではないはずだ。


 この国を目指し命がけでたどり着いた者達の大半は、王侯貴族達であるからだ。


 幾ら宿舎側が法外な値段をふっかけようが、馬車内で行われたつり上げ合戦で高騰した資金を支払える者達にとっては痛くも痒くもなかった。


 つまり、ここでも生贄に捧げられる者達は貧しい者たちからであることは明白であった。


 


「レナ。この国が他種族と渡り合った平和とは何だ?」




 アルベールは即座に理解した。


 王国にとって、何も特別生贄が必要というわけではないということに。


 では、誰に?どこに?彼らは捧げられるのだろう。






 「さぁ?生贄でも差し出したんでしょ?」




 レナは固まるアルベールに続ける。




 「これでわかったかしら?あなたが何を思ってこの国に来たのかは知らないけれど、平和を信じて来たのならこれが真実よ。人類がモンスターを始めとする、数多の種族に勝つことはありえないわ。人類が生き残るために取った策が、今も人類を滅亡へと進めているのだから」




 もしこれが真実なのだとしたら、レナが見せるあの諦めた顔にも合点がいく。


 そして、そんな偽りの平和を本気で信じてここまで来たのだとしたら、彼女の目にはさぞ滑稽に映ったことだろう。




「スゥー……ハァー」




 アルベールは空を見上げ、目を閉じながら静かに深呼吸をした。最後に体中の空気をゆっくり吐き出すと、彼は笑った。




「何、気でも狂った?理想と現実との差に、さすがのあなたも耐えられなかったのかしら?」






 「いや、やはり君は綺麗だ」




 「……。あなた……人の話聞いてなかったの?」






 はぁ?何すっとんキョンなこと言っているんだ?見たいな顔をするレナにたいし。




 「聞いてたが?」




 彼は何も変わらない。


 絶望に顔を歪める表情が見たかったわけではないが、えらく普通に流すその態度はレナの癇に障る。




 「この国は、あなたが思い描いていたような国じゃなかったのよ!あなたが探していた国は、この世のどこにも存在しないって言っているの!」




 わかりやすく、そして完結に伝えた。再認識されるように。


 それでも彼の表情に何ら影響を与えるものではなかった。




 「うん、聞いたよ。いいじゃないか、他を犠牲に己という個を生かす。実に人間らしい……が、私の信条には合わない。レナ、君は何のために生きているんだい?綺麗な洋服を着て、素敵なアクセサリーなんかつけちゃって、恋人と一緒に色んなものを見て、食べて、笑う。でも、友達の前でついつい愚痴でもこぼしちゃう。そんな生活を送りたいとは思わないか?」




 「……言っている意味がわからないわ」




 この男は本当に何を言っているのだろう。ショックのあまり戯言を言っているのかとさえ思ったが、彼の目を見る限り真実を語っていた。






「私はそんな生活がしたいよ、レナ。もし君がこの世界じゃ笑えないというのなら、私は世界だって変えてみせるよ。だから、見ていてくれないか?私と、この世界を」






 「………幻想よ……そんなもの」


 


 レナが冷めたようにぼそりと言うと、アルベールを案内するように中央広場に向かった。


 後にも先にも、レナがアルベールをここに連れてきた理由は説明できない。


 だが、もしかしたらレナは否定してほしかったのかもしれない。 


 自分の中で結論づけしまった現実を、甘くくだらない戯言で。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る