六 味比賽の果てに(1)

「──双方! 準備はいいか!?」


 一時間後、味皇軒の店先に設けられた簡易式の竈と調理台二組の前に立つ露華と翟安門に、 味比賽ウェイビーサイを取り仕切るガストロノミヤ将軍が確認をとる。


 この仮設の厨房は、セネラル・ガストロノミヤグループの財力と人員を用い、ガストロノミヤの号令一下であっという間に設置されたものだ。


 その間、露華と翟の挑戦者二人は、自らの作る水餃子の考案と、その準備のための時間を与えられた。


「俺の店は俺のもの、他人ひとの店も俺のものだ……小娘を捻り潰したら、この店も将軍楼のデリバリー専門店にしてやろう」


 そう嘯く翟安門の前の調理台には、将軍楼から運ばせた肉や野菜などの高級食材が山盛りに置かれている。


「フン! オマエなんかニ負けないネ。むしろ店じまいする用意ヲしておくネ」


 対して嫌味を返す露華の前には、普段となんら変わらない、味皇軒で使っている素朴な地元の食材が並ぶ。


「やっちまえ! 翟のアニキ!」


「セネラル・ガストロノミヤの力を見せてやれ!」


 また、仮設厨房の周りには、将軍楼から駆けつけた翟の部下達が円を作って彼にエールを送り……。


加油ジャーヨウ! 小姐シャオジエ!」


「大手になんか負けんな! 俺達は味皇軒の味方だぞ!」


 近所の辰国人や店の常連客達も、仮設厨房を囲んで露華を応援している。


 その他にも、特に用事もなく暇な客達がそのまま居残っていたり、騒ぎを聞きつけて集まった野次馬なんかがたむろしていたりもするが……。


「もうお腹いっぱいですけど、ここで帰るわけにはいきませんわ」


「ええ、どちらのギョーザも気になりますわね……」


「なんでもいいが、タダ飯が食えるんなら大歓迎だぜ……食い残しはもらってけんのかな? あと、酒もほしいな……」


 その中には勝負の行方が気になるイサベリーナとフォンテーヌの両ご令嬢や、ただ単に審査で供される餃子目当ての探偵カナールなんかも混ざっている。


「あれだけ目立つなと言っといたのに、なんだか大変な騒ぎになっちゃってるし……」


「ま、売られたケンカを買わねえわけにはいかねえだろ……てか、お頭はぜってえ顔出すなよ?」


 他方、味皇軒の建物の中からは、物陰に隠れて渋い顔のマルクやリュカら秘鍵団の面々も、仲間の闘いを熱い視線で見守っている。


「敵の討ち入りでござるか!? なればそれがしも助太刀を……」


「旦那さま、ぜんぜん違いますからね」


「ねえねえ! あの仮設の竈、わたしの新開発固形燃料を売り込んだら採用されたんだよ! 薪だけで使うより一気に火力倍増だよ!」


 いや、見守ってるというより、戦斧アクスを手に今にも飛び出して行きそうなドン・キホルテスをサウロが溜息混じりに引き止め、マリアンネは自身の発明品を嬉々として自慢している……むしろ店の表側よりもカオスだ。


「それでは、これより水餃子味比賽を開始する! 双方、調理始めえっ!」


 まあ、そうした店裏の状況はともかくとして、表ではガストロノミヤ将軍の合図により、いよいよ味比賽が開始された。


「アチョーっ! ハイ! ハイ! ハイ! ハイ…!」


「小娘のクセに生意気だあぁーっ! オラ! オラ! オラ! オラぁっ…!」


 露華も翟も、双方、方形の辰国包丁を超高速で軽々と振るい、瞬く間に多数の食材を切り分けてゆく……。


「ウリャリャリャリャリャリャリャ…! 双極百裂拳ネっ!」


「ギタギタのっ! メロメロのっ! ボロボロだあっ…!」


 続いて、作業台の上に敷いた小麦粉に水を加えると、目にも止まらぬ速さで拳の連打を打ち込み、コシのある餃子の皮を丹念に二人とも練り上げる……。


「こっからはさらにペース上げてくネ! 燃え上がれ! ワタシのコスモネ!」


「お、イイ弾力持ってんじゃんかよお!」


 また、辰国鍋を豪快に振るっては餡を作り、それを手早く餃子の皮に包んでゆく……。


「サア! 美味シク美味シク美味シクナーレネ!」


「美味しく茹ってくれ! 我が心の友よ!」


 そして、湧き立つ湯の中へと生の餃子をポンポン次々に投入してゆき……。


「できたネ!」


「できあがったぞコラ!」


 浮き上がってきたそれらを掬って取り出すと、どちらもほぼ同時にお互いの水餃子を完成させた。

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