五 将軍からの挑戦状(1)

 サント・ミゲルの目貫通りに面して建つ、龍や鳳凰の飾りが豪華絢爛にあしらわれ、赤や金のど派手な彩色で塗り上げられた辰国の宮殿風建造物── 〝セネラル・ガストロノミヤ〟グループが最近出店した辰国料理店〝将軍楼〟である。


〝セネラル・ガストロノミヤ〟!


 ……それは、エルドラニア人起業家が作った巨大な飲食店グループであり、豊富な財力にものを言わせ、エルドラニア料理はもちろんのこと、フランクルやウィトルスリア、ガルマーナ、さらには辰国料理にまで手広く進出している一大勢力である。


 そのやり方はかなり強引で、生産者から買い叩いた高級食材を破格の値段で提供したり、あることないこと大々的に誇張して宣伝を打つのはもちろんのこと、時には脅しや暴力、果ては非合法に御禁制の魔導書の魔術を使うことも辞さない、マフィアまがいの集団として世間では知られている。


 袖の下・・・を通して貴族や役人とも繋がりがあり、最終的にはサント・ミゲルの飲食業界を独占しようとしてるとのもっぱらのウワサだ。


「──フフフ…今日も我が将軍楼は繁盛しておるかな?」 


 そんなグループの新たな店舗の前に立ち、どデカい看板を見上げてほくそ笑む一人の人物──そのスリット入りの黒いシルク製プー・ル・ポワン(※上着)に黒いマントを纏い、首には白い襞襟を貴族風に身に着けた、キザな口髭の黒髪オールバック紳士こそが、〝セネラル・ガストロノミヤ〟グループの総帥ガストロノミヤ将軍である。


 あ、ちなみに〝将軍〟といっても本当にエルドラニア軍の将軍なわけではなく、あくまで勝手な自称だ……。


 ともかくも、露華達の助力により味皇軒が活気を取り戻し始めて三日が経ったこの日、彼は定例のグループ傘下料理店視察の一環として、ここ〝将軍楼〟も訪れたのであった。


「ようこそおこしくださいました将軍閣下!」


 V.I.P専用入口から入ってだだっ広い厨房へ向かうと、居並ぶ料理人や給仕達を代表して、橙色の辰国服を着た巨漢が手をスリスリ擦り合わせて挨拶をする。


 この将軍楼の料理長兼店長の 翟安門ジャイ・アンモンだ。


「どうだ? 客の入りは?」


「はい。近隣の店の客も取り込み、計画通りに繁盛しております。すべての客は俺のもの……否、セネラル・ガストロノミヤのものにございます!」


 挨拶もそこそこに、開口一番、業績を尋ねてくるガストロノミヤ将軍に、翟安門はおべっかを使いながらそう答えた。


「そうか。ならばけっこう……んん? おい、その割にはやけに空きずきしているな」


 その答えに気分をよくし、カウンターからホールの方を覗いたガストロノミヤ将軍は、翟の言葉に比してなんだか空席の目立つことに眉を顰める。


「ええ? ……あ、そう言われてみれば確かに……カーニバルとか、今日は街で何かあるんですかね? それとも何か大事件でもあったとか……」


「いや、そんな話は聞いてないが……」


 つられて翟も覗いてみると、その通りいつもより店内は空いており、将軍ともども不思議そうに、彼も首を傾げたその時だった。


「た、大変です!」


 裏の勝手口から一人のガラの悪い青年が、血相を変えて駆け込んで来る。以前、味皇軒に嫌がらせをして露華にぶっ飛ばされたチンピラの一人である。


「どうした騒々しい!? 将軍閣下が参れているんだぞ!」


「は、はあ……そ、それが、味皇軒に行列ができてやして……」


 どんぐり眼で翟がギロリと睨んで問い質すと、一旦、ガストロノミヤを見て会釈をした後、荒い息遣いのチンピラは慌てた様子でそんな報告する。


「なに? 味皇軒に? あの店はすでに虫の息で、今にも潰れそうだったのではないのか!?」


「そのはずなんですが……と、とにかくこれを見てください!」


 翟も驚き、重ねて尋ねると、チンピラは眉毛を「ハ」の字にして一枚の紙を差し出す。


「ああん? ……本日新装開店だと?」


 手に取り、ガストロノミヤも一緒にそれを覗き込むと、そこには龍や虎などのカラフルな辰国風の画像とともに、そのような文言がデカデカと書かれている。


「新装開店とはどういうことだ? 皇のジジイがやってるんじゃないのか?」


「いえ、店主は皇村源のままなんですが、どうやら助っ人をどっからか頼んだみたいで……味は落とさねえまま、押し寄せる大量の客にもちゃんと対応してやす」


 訳がわからず首を傾げる翟の呟きを拾い、今しがた、味皇軒の様子を見てきたチンピラがそう補足を加えた。


「味皇軒……そこの裏路地にあるライバル店だったな。おまえの策略で店じまいに追い込んだんじゃなかったのか?」


 険しい顔で疑念の目を向け、今度はガストロノミヤが翟に尋ねる。


「いえ、そのはずだったんですが……とりあえず自分の目で様子を見て来ます。おい! おまえら後は任せた! レシピ通り食材はケチるなよ! 味がわからん客でも見た目でバレるからな!」


 上司にも睨まれ、困惑する翟は部下に店を託すと、味皇軒へ自ら足を向けようとする。


「わしも行こう。これはセネラル・ガストロノミヤの成長戦略にとっても捨ておけん事案かもしれぬ……」


「わかりました。よし! おまえも一緒に来い!」


 すると、ガストロノミヤも同行の意を示し、案内役のチンピラも含めて三人は裏口を飛び出した──。

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