四 顔馴染みの客(2)
「そういや、お頭が皿洗いしてんのはちょっと新鮮だな」
「フフフ、僕の料理不味いからって、家事全般できないと思ってるね? リュカくん。僕だって
厨房へ戻ると食器類を流しに入れ、今日は皿洗いを任されているマルクと無駄話をするリュカであるが、その時、店主の妻・吉法の助けを求める声が表から聞こえてくる。
「誰か注文とるのおねがーい!」
「リュカ、またサボってるネ! ボケっと突っ立ってないでサッサと行って来るネ!」
その声に、忙しなく辰国鍋を振るっていた露華がリュカを睨みつけ、早く行くようにまたも叱責する。
「い、いや、今はちょっとだな…」
「問答無用ネ! トットと行かないと熱々の油ヲぶっかけるネ!」
慌てて事情を説明しようとするリュカであるが、露華はオタマを振り上げてまったく聞き耳持たずである。
「わ、わあったよ。行きゃあいいんだろ? 行きゃあ……ま、一応、変装もしてるし、面と向かって話さなけりゃ気づかれることもねえか……」
忙しさに気が立っているのか? 取り付く島もない露華の様子に、やむなくリュカは注文取りに戻ることにした。
「ああ、リュカさん、あちらのお嬢さん達の席をお願い」
「とりあえず探偵の方に近づかねえですむな……」
表に出ると料理を運んでいる吉法にそう言われ、見れば幸い先程の探偵の席からは離れている。
「はいはーい。ご注文はなんっすかあ…って、フォンテーヌの嬢ちゃん!」
気怠るそうにその席へと向かったリュカであるが、そこに座るブロンドのご令嬢の顔を見るなり、またしても驚きの声をあげることとなる。
「まあ! なんだか妙な恰好してますけどリュカさんですのね! それがここの制服ですの? サキュマルから聞きましたけど、本当にこのお店で働いていたらしたのね。他の皆さんもご一緒ですの?」
すると、ご令嬢の方も碧い眼を大きく見開き、嬉しそうに矢継ぎ早の質問を彼にぶつける。
「いや、フォンテーヌ嬢ちゃん、どうしてここに……てか、あんた自分がどういう立場なのかわかってんのか? こんなとこウロチョロしててだいじょぶなのかよ?」
「大丈夫ですわ。ここでは海運業者〝メジロ家〟の息女ということになっていますから。サキュマルから皆さんのことをお聞きして、どうしても食べに行ってみたくなりましたの」
驚くリュカが顔を近づけて小声で尋ねるが、令嬢の方はケロリとした顔で、まるで心配などしていない様子だ。
リュカがそうして驚いているのも無理はない。じつはこのブロンドのご令嬢こそ、露華や彼ら秘鍵団の面々をこのサント・ミゲルまで船で運んでくれた、表向きは海運業を営む老舗の海賊〝メジュッカ一家〟の現当主フォンテーヌ・ド・エトワールなのだ。
といっても大海賊の父親が急死したため、一人娘である彼女が跡を継ぐ運びとなっただけであり、フォンテーヌ自身に海賊の頭目であるという自覚はまったくないのであるが……。
ちなみに先程から出ているサキュマルというのは、先代ルシアンの下で若頭を務め、今も実質的にメジュッカ一家を切り盛りする大御所海賊、かつては〝
マルクとも昔からの顔馴染みで、リュカ達を乗せてきたキャラック船の船長もじつは彼である。
「それにたいそうな評判だというので、ぜひお友達にも教えてさしあげたくって」
「お友達? ……って、あんたは!?」
続いてラテン系の令嬢の方も眼で示すフォンテーヌ嬢に、そちらを覗ったリュカはさらに驚きの声をあげてしまう。
「ご紹介いたしますわ。サント・ミゲル総督令嬢のイサベリーナ・デ・オバンデスさまですの」
愉しげにそう説明をするフォンテーヌ嬢であるが、聞く前から彼女のことをリュカは知っていたりする……じつは、彼女が父親のクルロス総督と一緒に〝新天地〟へと渡ってくる際、その船を秘鍵団が襲った折に直接会っているのだ。
「リュカ? なんだか聞いたことあるような……どこかでお会いしたことありましたっけ?」
幸い、会ったのは〝人狼〟に変身している時だったので気づいていないみたいであるが、それでも何かを感じとってはいる様子だ。
「さ、さあ? リュカなんてどこにでも転がってるようなありふれた名前っすから……ちょ、ちょっとフォンテーヌ嬢ちゃん! あんたはともかくとしても、総督令嬢なんかまで連れてきてなに考えてんだよ! 俺らがここにいるってバレんだろうが! お頭はそこのお友達に面が割れてんだぞ!?」
苦笑いを浮かべたリュカはすっ惚けてみせた後に、また小声になってフォンテーヌ嬢に苦言を呈する。
さらに彼らには都合の悪いことに、秘鍵団の
「あら、いけませんでしたの? それは申し訳なかったですわ。でも、皆さんのことは内緒にしていますんで心配は無用でしてよ」
言われて一応は謝るフォンテーヌ嬢であるが、のほほんとしたその口調からして、やはり危機感は微塵も感じられない。
そうした事情を知らなかったとはいえ、自分達トリニティーガー島の海賊にとって、ここ、エルドラニアの植民都市サント・ミゲルがいわば敵地であるということをわかっているのかいないのか? どうにもこのお嬢さまには浮世離れしたところが多分に見受けられる。
「さっきから何をコソコソお話してるんですの?」
そうしてヒソヒソやっている二人を総督令嬢のイサベリーナもさすがに怪しみ、怪訝な顔をして疑念の眼を向けてくる。
「あ、いやあ、なに……そ、そう! この店で出してる料理の説明をしてたんすよ!」
「まあ、そうでしたの! で、何がおススメですの?」
問われて咄嗟に嘘を吐くリュカだったが、どうやらその下手な嘘をイサベリーナ嬢は信じてくれたようだ。
「な、何がおススメ? ……い、いやあ、全部おススメなんすけど、それじゃあこうしやしょう! お世話になったフォンテーヌ嬢ちゃんとそのお友達だ。シェフに頼んで特におススメなものを見繕って、スペシャルコースでお出ししやす。もちろんお代はサービスで」
しかし、ろくに店の料理について知らない不真面目な店員リュカは、嘘の上にさらに嘘を塗り重ね、苦し紛れにそんなテキトーな約束を勝手にしてしまうのだった。
「スペシャルコース! それは楽しみですわね、フォンテーヌさん!」
「ええ、イサベリーナさま。お代はちゃんとお支払いしますからそのコースをお願いいたしますわ」
「じゃ、じゃあ、んなことで少々お待ちを……フゥ…なんとかごまかせたぜ。ったく、探偵の次は総督令嬢さまかよ……なんでこうも厄介な客ばっか来んだ? お頭にはぜってえ出てこねえように言っておかねえとな……」
こうして、どうにかこうにか危機を脱することのできたリュカとその仲間達、そして味皇軒であったが、一難去ってまた一難、新たなる危機をがこの店を襲おうとしていた──。
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