四 顔馴染みの客(1)
陳露華と禁書の秘鍵団の仲間達が味皇軒を手伝い始めて三日目。ある困った出来事が起きようとしていた……。
「──ここが話題の辰国料理店ですの!? 確かに大人気のようですわね!」
「ええ。辰国のスープパスタが美味しいと評判のようですのよ」
今日も大盛況の味皇軒に、二人の美少女がキャピキャピおしゃべりをしながら訪れていた。
どちらも10代半ばほどで、一方は山吹色のドレスを着た黒髪に褐色の肌のラテン系、もう一方は水色のドレスに身を包む、明るいブロンドの髪に真っ白い肌の北エウロパ系である。
どちらも
「最新の人気店を知ってるだなんて、さすがはフォンテーヌさん。今日もお家を抜け出して来た甲斐がありましたわ!」
「いえ、知り合いがちょっと関わっていたんで偶然ですわ。さ、わたくし達も注文いたしましょう?」
見慣れない庶民的な辰国料理店の様子に、二人は目をキラキラと輝かせながら、自分達も空いている席へと腰掛ける。
「ご飯もの以外にスイーツもありましてよ。なににいたします? イサベリーナさま」
「わたくし、辰国料理を食べるのも初めてですわ! そうですわね……この
そして、テーブルに置かれたメニュー表を見ながら、やはりキャピキャピと注文する品を選ぶ二人であったが……。
「おお、さすが評判の店だけあって繁盛してんな。値段もリーズナブルでハードボイルドな俺の懐にも優しそうだし、美味かったら馴染みの店にしてやるぜ……」
「? ……ああ! 探偵さん!」
座席の脇からするどこか聞き憶えのある声に、そちらを振り返ったラテン系のご令嬢は、そこにいた人物を見るや思わず驚きの声をあげる。
「ああん? ……ああっ! い、イサベリーナお嬢さま!?」
その声に顔を向けたその人物も、同じく目を見開くと頓狂な声を発した。
「そ、それにそっちは〝メジロ家〟の!? ああ、またこの組み合わせかよ……」
その人物──丈の短い灰色のジュストコール(※ジャケット)にオー・ド・ショース(※ハーフパンツ)を身につけ、首には赤いチェックのスカーフを巻いたちょっとキザな青年は、一緒にいるブロンドのご令嬢にも気づくと、被った灰色の
碧い瞳に茶の巻き毛だが肌は浅黒く、エウロパ人と原住民のハーフといった顔立ちだ。
「あ! あなたは怪しい探偵さん! 先日、カフェでお会いしましたわね! ご機嫌いかがですか?」
「怪しい探偵じゃなくて、怪しげなこの世ならざるものの事件を扱う〝怪奇探偵〟です! ハァ……今日はツイてねえぜ……」
ブロンドの令嬢も青年のことを思い出し、嬉しそうに上品な挨拶をその口にするが、一方の彼は語弊あるその呼び方を訂正すると、よりいっそう大きな溜息を吐いてみせる。
ご本人達はまったく身に憶えがないようであるが、彼は以前、この二人のためにひどい目に遭っていたりするのだ。
「で、また二人してお屋敷を無断で抜け出して来たんですかい? しかも、こんな治安も良くねえ裏通りの外国人街の店に。その内、外出禁止とかお父さまから食らいやすよ?」
「だって、お家にいても退屈なんですもの。評判の辰国料理店に行こうだなんて誘われれば、到底、断れるわけがありませんわ」
気を取り直し、呆れたように尋ねる青年だったが、ラテン系のご令嬢はどこ吹く風に、無断外出して来たことを微塵も反省していない様子だ。
「大丈夫ですわ、探偵さん。わたくしの知り合いもこのお店で働いているはずですのよ。なんら心配はございませんわ」
また、ブロンドのお嬢様も嘘か真か、そんな警戒心ゼロなことを口走っている。
「ま、俺は別に保護者じゃねえし、どうこう言う筋合いでもねえんでいいんすけどね。金持ちのご令嬢なんて格好の獲物なんすから、悪いやつらに襲われねえよう、ちゃんと用心するんですぜ? じゃ、そういうで……」
そんな二人にそれでも一応、注意を促すと、これ以上の関与を避けるかの如く、探偵の青年は空いている席を求めて立ち去ってゆく。
「変なことに巻き込まれねえうちに、今日はとっとと食って早えとこ帰ろう……おおーい! 注文頼むぜ!」
そして、端の方の席にドカリと腰を下ろすと、すぐさま付近にいたウェイターを呼んだのであったが。
「……ん? ああ、へいへい……」
その声に、呼ばれてやる気のない態度で振り返ったウェイターというのが、盗み呑んでいた酒を露華に取り上げられ、渋々手伝いをさせられているリュカであった。
「今行きまあーす……なっ!?」
だが、青年の方へと歩み寄ったリュカは、その顔を見るなり眼をまん丸く見開き、くるりと高速で踵を返してしまう。
「ちょ、ちょ、ちょっとサウロ! こっちこい!」
そして、同じくウェイターをやっているサウロを辺りに捜し、彼を見つけて即座に捕まえると、強引に肩に手を回してヒソヒソ話を始める。
「うぐっ…! もう、なんですかリュカさん? 今、忙しいんで、お酒の相手なら誰か他を当たってくださいよ」
突然、酒臭い仲間に捕えられたサウロは、酔っぱらって絡んできているものと勘違いをすると、手にした空の皿や丼を見せつけながら、ひどく嫌そうな顔で抗議をする。
「ちげーよ! ほら、見ろ。あそこのスカしたチェックのスカーフ野郎。あいつは犯人探しとかを商売にしてる〝
だが、酒臭い割には大真面目な口調で、リュカは背後を顎で指し示しながら、サウロに小声でそんなことを伝える。
「ええ!? ……じゃ、じゃあ、ここにいるのバレたらマズイじゃないですか? 騒がれて…いや、それどころか、探偵ってことは総督府と繋がってるかもしれないし、だとしたら、通報されて衛兵が押し寄せるなんてことも……」
その捨て置けない事実を知ると、サウロも思わず大声を漏らし、慌ててその口を抑えながらやはり小声でヒソヒソ聞き返す。
「だろう? んなことになって、この店が潰れたりなんかした日にゃあ、ブチ切れた露華のやつにマジでぶっ殺されちまうよ……お頭にもぜってえ正体バレねえようにって釘刺されてるしよう……てことで、ここはサウロ、おまえに任せた!」
すると、サウロの懸念に激しく同意をするリュカは、怒りのあまり悪鬼羅刹と化した露華を心の内に思い浮かべ、血の気の失せた顔になって注文取りをサウロにバトンタッチする。
「わ、わかりました。じゃあ、リュカさんは代わりにこのお皿厨房に返しといてください。それと、あの探偵が帰るまでなるべく表には出てこないように」
「ああ、了解だぜ……」
そうして、空いた食器類を受け取ると、探偵の相手はサウロに任せるリュカだったが、この満員御礼で忙しい最中、何もせずに遊んでいることを露華は許してくれない……。
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