三 料理屋の海賊(1)

「──というわけで、皇老師の店ヲ手伝うことになったネ。皆も協力するネ」


 メジュッカ一家の船でトリニティーガー島のアジトへと帰った露華は、食堂に仲間達を集め、さっそく味皇軒再建のために助力を求めた。


「うむ。人助けは騎士の慣い。よろこんで力をお貸しいたそう!」


 その要請に、平時からキュイラッサー・アーマー(※胴部を中心に覆う対銃弾用の当世風甲冑)を着込んだみもと・・エルドラニア騎士のドン・キホルテス・デ・ラマーニャは、騎士道バカのその性格から一もニもなく快諾してくれる。


「旦那さまがそう言うんなら、私も一緒に手伝います」


 それには、ドン・キホルテスと一心同体である彼の従者、童顔だが仕事のできる少年サウロ・ポンサもすぐに首を縦に振る。


「飯屋ってことは、当然、まかない・・・・が出るんだろうな? んま、旨い飯と旨い酒が飲めるてんなら、別に手を貸してやってもいいぜ?」


 また、船乗り風の恰好に青バンダナを頭に巻いた目つきの悪い若者──じつは凶暴な〝人狼〟だったりするリュカ・ド・サンマルジュは、利己的な欲望から条件付きでそれに賛同し……。


「調理場で竈とか使うよね? じつは最近、加えるだけで一気に火力を上げられる固形燃料を発明したんだあ……ね、それ試させてもらってもいいかな?」


 同じく赤ずきんを被った三つ編みおさげの美少女錬金術師マリアンネ・バルシュミーゲも、自身の新発明品の試験を交換条件に応じる気配を見せる。


「まあ、ここんとこ目ぼしいお宝・・の情報もないしね。なんとなくおもしろそうだから別にいっか……ただし、サント・ミゲルには僕らの顔をよく知る者も多い。みんな、変装して行くようね? 特にドン・キホルテスは甲冑姿禁止だからね」


 そして、彼女達の頭目である船長カピタンマルク・デ・スファラニアも、一応、身バレ防止の注意はしつつも、あまり深く考えずに一味あげての助力を許可する。


 ちなみにドン・キホルテスはその目立つ甲冑姿から、以前、隠密行動をとっている最中に彼らの天敵であるエルドラニアの海賊討伐部隊〝白金の羊角騎士団〟に発見されるという大失態をやらかしていたりする……。


謝謝シェシェ。恩ニきるネ。よし! コレで味皇軒モかつてのような名店として復活できるヨ!」


 思いの外に協力的だった仲間達の反応に、露華は感謝の言葉をその口にすると、拳を握りしめて希望に目を輝かす。


 こうして、ひょんなことから魔道書を専門に狙う海賊〝禁書の秘鍵団〟は、つぶれかけの辰国料理店〝味皇軒〟再興のために動くこととなったのだった──。




 翌日、今度は秘鍵団の一味をぞろぞろと引き連れ、再びメジュッカ一家の船でサント・ミゲルへ向かった露華は、仲間達とともにさっそく味皇軒再建計画に着手した……。


「──十番テーブル、バンデラ炒飯とキペ肉包ロウパオ二人前おねがい!」


「露華、ワシは今、手が離せん! おまえに任せた!」


 賑わう店頭から叫ぶ奥さん──皇吉法の声に、

名物〝プラタノ湯麺〟を忙しなく作りながら店主──皇村源が露華の名を呼ぶ。


到了ダオラ! 老師ラオシー!」


 それに、ひと料理作り終えたばかりの露華は快活に返事をすると、すぐさま注文されたメニューの調理にとりかかる……。


「ハイヨー! ハイ!」


 激しく炎の燃え盛る竈の前に立ち、露華は具材を入れた鍋を振う。


 バンデラ炒飯とは、やはり味皇軒の名物で、炒飯の上にサント・ミゲルに馴染みのある魚、豆、各種野菜類の炒め物を載せた一品だ。


 露華はフライパンに白米と卵を投入し、激しく煽りながら素早く炒めると二つの皿に盛り分ける……ついで間髪入れず、今度は切った具材を入れて塩コショウに魚醤、鷹の爪でさっと炒め、先程の炒飯の上に載せて二人前を早くも完成させた。


「バンデラ炒飯二丁アガリネ! 次モ行くネ!」


 続いて今度は油たっぷりの鍋に小ぶりな饅頭のようなものを露華はいくつも投入する。


 それはキペ肉包ロウパオ── 押し麦の生地で豚挽き肉を包み、油で揚げて作る肉まんである。これも皇村源が発案した辰国とサント・ミゲルの食文化を融合された料理だ。


「キペ肉包モ二人前あがりネ! コラ! リュカ! サボってないでさっさと十番テーブルに運ぶネ! チャント働かないとマカナイ食わせないヨ!」


「ああん? ……へいへい。運びゃあいいんだろう? 運びゃあ……」


 手早く注文の料理を仕上げた露華は、厨房の片隅に座り込み、ラム酒をかっ食っていたリュカを叱咤して持って行かせる。


 こんな感じで酒ばかり盗み飲みしているリュカであるが、今回の味皇軒再建計画では一応、ウェイターの役を彼は任されている。


 ちなみに彼も秘鍵団の天敵である〝白金の羊角騎士団〟や駐留艦隊の者達などに面が割れているため、紺色をした辰国の衣服〝長袍チャンパオ〟を着て、つけ髭を鼻の下に貼り、頭には青バンダナの代わりに半円球状の辰国風帽子を被るという変装を施していたりする。


「アビチュエラ豆腐ドウフー、お待たせいたしました」


 もう一人、ウェイターの役目を担っているのはサウロだ。


 やはり辰国風の茶色の長袍を着て、丸メガネまでかけたサウロは、料理を忙しなく客のテーブルへと運び、リュカとは違って大まじめにその役目を果たしている。


 ついでに言うと、今、彼が持ってきたのは〝アビチュエラ豆腐〟という、インゲン豆で作った豆腐にシナモン、グローブ、砂糖、コンデンスミルクなどをかけた、辰国の杏仁豆腐を新天地風にアレンジしたデザートである。


「さーてと。それでは、お待ちかねの新型固形燃料投下〜っ!」


 一方、再び煙の充満した狭い厨房の中を覗くと、三つ編みオサゲを今日はお団子にし、赤い辰国ドレスを着たマリアンネが竈の前にしゃがみ込み、何やら拳大の黒い塊をその火の中へ放り込んでいる。


 するとその瞬間、ボン…! と爆発するかの如く炎が膨れ上がり、一瞬にして竈の火力が倍増された。


 それは木炭やら硝石やらといった火薬の原料を捏ね回し、球状に固めて乾かしたマリアンネ新考案の瞬間火力増加材である。


「よし! いい燃え具合。実験成功だよ!」


「お嬢ちゃん。実験だかナンだか知らんが、火鍋を煮こぼさないでおくれよ? 火力が強けりゃイイってもんじゃナイからの」


 目を輝かせて歓喜の声をあげるマリアンネの背後で、ボコボコと激しく沸騰する鉄鍋を見やりながら老主人が苦言を呈する。


 その竈には、豚肉、イモ、トウモロコシといった、やはりサント・ミゲル産の食材を魚醤と唐辛子で辰国風に煮込んだ鍋〝サンコーチョ火鍋フォグォ〟がかけられているのだ。


「は〜い! 気をつけま〜す! ……よし。じゃ、今度は半分の量にして入れてみるかな……」


 主人の注意に口では良い返事をするマリアンネであるが、その頭の中は完全に固形燃料の実験のことでいっぱいになっている……彼女もリュカ同様、手伝ってんだか邪魔してんだかわからない不真面目なスタッフだ。

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