ニ 弟子入りの試験(2)

「うーむ…その気持ちは嬉しいがのう……まあ、今のに懲りてもう嫌がらせに来ることはないじゃろうが、問題はそれだけじゃないからのう…… 手伝うと言われても、他の者に料理は任せられんし、けっきょく作るのはコノ老いぼれ一人じゃからのう。やはり大きな店とヤリ合うのには無理ガあるて……」


 ところが、露華の申し出た協力にも、老主人はなおも後向きだ。


 ここまで、彼女も知らぬそうとうな苦労があったのであろうし、そうした諸々のことに疲れ果て、すっかり店を閉じる決意を固めてしまっているのだろう。


「わかったネ……ナラ、老師の他ニモ料理デキル人間がいればいいネ?」


 だが、それでも露華は諦めない……。


「アタシも一緒ニ作るネ! こう見えてもアタシ、今、とある集団デ料理人してるネ。ダカラ、老師ノ湯麺モ作り方教わりたかったんだヨ」


「おまえさんが? いや、しかし……」


 一方、老主人の方もそれくらいでは納得しない。やはり料理人として、自分以外の者の料理を自分の店で出すことには抵抗があるのだ。


「先ずはアタシの作った湯麺ヲ食べてみるネ! それで納得する味じゃなかったらアタシも諦めるネ。デモ、老師ガ認めるくらいの味だった時はアタシにも店ヲ手伝わせる……それでどうネ!?」


 そこで、露華はそんな勝負に出ることにした。自分が老主人を手伝えるか否か……いや、彼が店をたたむか否かをも賭けた味勝負である。


「おまえさんの湯麺を!? ……うーむ。わかった。ならばワシの舌を唸らせてみよ。さすれば手伝いの話、考えてやろう」


 そこまで言われては老主人も無碍にはできず、不意に柔和な老人から料理人へとその顔貌を変えると、露華にしかと約束したのだった──。




「──それじゃ、調理場と材料ヲ借りるネ……アーッタタタタタタタッ…!」


 早々、味皇軒の厨房に立った露華は腕まくりをすると、小麦粉と水を混ぜた塊に高速で拳の連打を打ち込み始める……そうやってコシのある麺を作るのだ。


「ワチョーッ…! ハァァァァァーッ…!」


 充分に拳打でコシを出すと、それを薄く伸ばして包丁で細く切り刻み、火にかけた鍋の熱湯の中へと流れるような動きで投入する。


「唐土ノ鳥ガ、新天地ノ島ニ、渡ラヌ先ニストトントンネっ!」


 続いて、先刻、市場で買った各種スパイスや香草類を混ぜ合わせて包丁でみじん切りにし……。


「今回ハ時短デいくネ……」


 その包丁を置くが早いか、また別の水と鶏ガラを入れた鍋をグツグツに沸騰させ、短時間でダシをとっておいた白濁のスープをオタマで掬い、魚醤と胡麻油、ラム酒を少量入れた丼に八分目まで注ぎ込む。


「ハァーッ……ハイっネ!」


 そして、茹であがった麺をざるで掬い上げ、勢いよく振るってお湯を切ると、スープの入った丼に滑り込ませ、細かくした香辛料とハーブをその上にサッとふりかけた。


「サア、完成ネ! アタシ特製のハーブ湯麺ネ!」


 ユラユラと白い湯気の立つ、出来上がったばかりのその湯麺を、テーブルに座して待つ老主人の前へと露華は置く。


 せっかくなので湯麺は二つ用意しており、もう一杯を彼女は奥さんの座る席の前にも置いた。


「味ガ良くわかるよう湯麺にしたネ。ウェトルスリア料理の〝ピッツァ・マルゲリータ〟と同じ原理ネ……さ、早く食べてみてくださいネ!」


「うむ。では、いただこう……ズズ…」


 険しい表情で露華が見つめる中、柔和な面持ちを保ちながらもその細めた眼を鋭くし、老主人は箸を手に取ると、早々、彼女の作ったハーブ湯麺に手をつける。


「……っ!」


 すると、香しいスープの絡んだ麺を口にした瞬間、老主人はカッ…! っと細い眼を大きく見開いた。


「…モゴモゴ……うーむ…魚醤の臭みが抑えられ、絶妙に調合されたハーブの良い香りが口の中に広がる……それに、この麺もコシがあって良い歯応えじゃ……」


 だが、すぐに好々爺のような顔相を取り戻すと、コシの強い麺を頬張りながら、その味を大いに褒め讃えた。


「…ズズ……ホント! 美味しいわあ! ……うちのプラタノ湯麺にも負けないくらい……」


 そのとなりで同じく食した奥さんも、鼻腔に残るハーブの香りを堪能しながら、彼女の湯麺の出来を絶賛している。


「……ゴクリ……フゥ……うむ。合格じゃ。約束じゃからの。そなたに手伝ってもらって、もう一度頑張ってみることにするかの」


 そして、スープの一滴までをもきれいに飲み干すと、満面の笑みを浮かべて露華にそう告げる。


「ソ、ソレじゃあ……ヨシ! 決まりネ! じゃ、早速さっそく、強力な助っ人達ヲ連れに行って来るネ!」


 協力を許され、また、とりあえずは店をたたむことをやめにした老主人に、露華も顔色をパッと明るくすると、両拳を握りしめながらヤル気満々にそう返す。


「助っ人?」


 一方、露華以外の助っ人の話をまだ聞いていなかった皇夫婦は、お互い怪訝な顔で見つめ合って、キョトンとその小首を傾げた。

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