二 弟子入りの試験(1)

「ジジイ! まだ懲りずに店やってたのか!?」


「ったく、懲りねえジジイだぜ!」


「俺達が食ってやるからクソ不味い湯麺を出しな。それに酒もだ。もちろん全部ツケでな」


 大通りの方からやって来た三人の若者が、唐突に老主人へからみだしたのである。


 いずれもエルドラニア人らしいが、人相も言葉遣いも悪いチンピラ風の者達だ。


「何ネ? オマエ達ハ?」


「また来やがったか! オメエらに食わせる湯麺はねえ! とっとと帰んな!」


 訝しげに振り返る露華の傍ら、老主人は激昂して怒鳴り声をあげる。どうやら歓迎すべかざる客のようである。


「んだとジジイ! それが客に対する態度か! おい! ちょっと礼儀ってもんをわからしてやんな」


「オラァ! 礼儀を教えてやるぜ!」


「辰国人が調子に乗んじゃねえ!」


 だが、老主人の態度に激昂したチンピラ達は、店の机をひっくり返したり、椅子を蹴り倒したりなんかして暴れ出す。


「や、ヤメテおくれよ!」


「うるせえババア! てめーも蹴り倒されてえか!?」


 その乱暴狼藉を止めに入るおかみさん──皇吉法であるが、その懇願を聞き入れるわけもなく、むしろ彼女にも危害を加える勢いだ。


「どこの馬の骨か知らないガ、これほどの湯麺ヲ愚弄するとハなんとも無礼な奴ネ。土下座シテ湯麺と我ガ老師ラオシー(※先生)ニ謝るネ!」


 その傍若無人な振る舞いに露華もついに声をあげた。チンピラ達の前に進み出ると、そのバカそうな顔を睨みつけて非礼を詫びるよう強く諭す。


「なんだこのガキは? お嬢ちゃん、子供が大人の話に首を突っ込んじゃいけね…どぐはぁっ!」


 そんな露華に凄むチンピラだったが、次の瞬間、彼は顎を露華によって蹴り上げられ、宙を高く舞っていた。


「なっ…!?」


「オマエらも今さら謝っても手遅れネ」


 予想だにせぬ出来事に、唖然と目を見開く残り二人も時すでに遅しである。


「うごっ…!」


「ぶへえっ…!」


 間髪入れず露華は一人の腹に拳をめり込ませて地べたに沈め、もう一人は回し蹴りで蹴り飛ばして遠くまでゴロゴロと勢いよく転がしてしまう。


 じつは彼女、小柄でロリータな見た目とは裏腹に、禁書の秘鍵団の中でも一番手が早い武闘派だったりするのだ。ガチにムカついた彼女は、最早、考えを改める暇さえも与えてくれないのである。


老師ラオシーが言うように、オマエらに食わせる湯麺ハねえネ! トットと消え失せて一昨日来やがれネ!」


 苦痛に下品な顔を歪めながら、わなわなと起きあがるチンピラ達に、腕を組んで仁王立ちする露華は威嚇するが如くに言い放つ。


「ひ、ひえええぇぇぇ〜…!」


 まさかのロリ少女によってボコボコにされたチンピラ三人は、その恐怖に絶叫しながら、這う這うの体でその場を逃げ去って行った。


こんな時、お決まりな捨て台詞の「憶えてやがれ!」すら口にすることができない……いや、むしろ憶えられていたらまたボコボコにされるので怖い。


「マア! 驚いたワ……」


「アイヤ〜……オマエさん、滅法強いの。今のは辰国の武術じゃな?」


 チンピラ同様、やはり目を見張っていたおかみさんと老主人が、感心したように口を開く。


 常識外れな彼女の強さに驚いたことはもちろんだが、辰国人である老主人夫婦は、世に並ぶものなき祖国の武術の凄さを知っているため、どこか納得するところもあったりする。


シーネ。アタシの一族に代々伝わる双極拳ネ……それより、アイツらはなんネ? よく来る奴らなのカ?」


 その問いに振り返って頷くと、今度は露華の方が尋ねた。


「アア……まったく迷惑な奴らじゃヨ。じつは、店をしめるというのも奴らと関係があろんじゃ……」


「奴らと? いったいどういうことネ? 詳しく聞かせてほしいネ」


 露華の問いに、一転、顔色を曇らせ老主人は意味深な言葉を口にし、さらに彼女は重ねて尋ねることとなる。


「そうじゃの……まあ、助けてもらった恩もアルしの……オマエさん、大通り沿いにできた〝将軍楼〟という辰国料理店を知っておるかの?」


「イヤ、知らないネ」


 答える代わりに訊き返す老店主だが、サント・ミゲルの街に明るくない露華が知るはずもない。


「〝セネラル・ガストロノミヤ〟というエルドラニア人の商会がやってる料理屋の一つなんじゃがの。ま、強引な手口でサント・ミゲルの飲食業界を支配しようとしてるマフィアまがいの奴らじゃヨ」


 すると、怪訝な顔で首を横に振る彼女に、その閉店を決意した事情を老主人は語り出した。


「その将軍楼、豊富な財力にものを言わせて高級食材の辰国料理を安値で食べさせていての。ま、味はさほどでもないがその豪華さと、大々的に宣伝を打ったことで瞬く間に大人気店となった」


「高級食材を安価デ……確かに庶民ニハ人気出そうネ」


「ま、うちもかつてはそれなりに知られた、エルドラニアや他の国のお客も大勢来てくれる人気店じゃったんじゃがの。当てつけのように将軍楼が近所にできてからというもの、お客をみんな向こうに取られてしもうた。来るのは仲間の辰国人ぐらいのものじゃ」


「ナント! 味のわからないとんだバカどもネ……」


 世の常とはいえ、すっかり老主人の味に惚れ込んでいる露華は、そうした世間の安直な反応に憤りを覚える。


「その上、ダメ押しとばかりにあんなチンピラ達をよこして嫌がらせまでしおる。おかげで仲間も来づらくなったし、こうなってはもう店を続けてゆく気概もなくなった……ま、そんなわけで店をたたむことにしたというわけじゃ」


「ナンタルことネ! これほどの味の店を失うのはサント・ミゲルにとって…否! 新天地にとって…否! 全世界にとって大きな損失ネ! 老師! そんな卑怯な奴らに負けちゃダメネ! アタシも手伝うから奴らにギャフンと言わせてやるネ!」


 そして、老主人が店をたたもうとしている理由を理解した露華は、ますます怒りの炎を沸々とたぎらせると、今度は弟子入りのためではなく店の立て直しのため、改めて彼のもとで働くことを申し出るのだった。

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