第17話 銀の雪原亭
「お待たせしましたー!」
「でっ……!」
ドンと痛快な音を立てながら置かれたのは山盛りのパスタ。肉や魚は少しお高めだったので安くて腹にたまるチョイスだったのだがいかんせん量が多い。
「ミル……さん。これ」
「冒険者応援キャンペーン中でして、大盛りサービスです!」
「これで大盛りって……」
むしろ普通はどれくらいの量なのか気になる。
「冒険者さんなら皆さん食べきれますよ。……パスタは私が作るのでお口に合うといいんですけれど……」
あれだけ母の料理を推されながら本人の料理を注文してしまったようだ。残すわけにもいかなくなったし、ミルの推す料理も食べてみたかった。
今度は少しお金を貯めてまた来よう。そう決心しながらフォークを手に取る。
「それじゃ、いただきます」
「はい、召し上がれ」
くるくると大きく巻いて頬張る。食欲を消して空腹を消して生きてきた僕には少し味が濃く感じるが美味しい。ただのナポリタンだがどこか懐かしい味だ。10年経った今も食べることの出来ない家庭の味だ。
10年経って普通に生活している間は思い出さなくなっていたのにポロリと涙が零れる。
「イレイズさん? 胡椒……辛かったですか?」
「ううん、美味しい。美味しいです」
泣きたくなった訳では無い。たった1粒目尻から雫がこぼれただけだ。何か自分の奥底から滲み出たものが涙になったような気がした。
「美味しいなら良かったです。私は仕事に戻りますね、ゆっくりしていってください」
ぱちっと可愛いウインクをしたらふわりと後ろに向き直り仕事に戻る。
「気、使わせちゃったなぁ」
恐らく店に呼んだのもなにか思い詰めたような顔をしていたからかもしれない。人の事を気遣える彼女ならそれくらいしそうだ。
ボロボロで思い詰めた刻印持ち、彼女は放っておけなかったのだろう。最後の最後まで気を遣わせてしまった。
バクバクと山盛りのパスタを食べ進める。久しぶりの大量のご飯に胃が驚いたのか痛いがそれ以上に身体に染み渡る何かが心地よかった。
栄養を摂るだけでは摂取できない何かを取り込めた気がする。そんな満足感が完食したイレイズを包み込む。
「ごちそうさまでした」
久しぶりの食事でこんなに食べられるかと思ったが、すんなりと山盛りのパスタは身体に吸い込まれた。
「はぁ、美味しかった……けど、食べ過ぎだな」
「満足そうな顔が見れて良かったです」
「うわ!」
満腹で背もたれによりかかった僕を覗くように斜め後ろから顔を見てくる。柔らかい銀の髪が目の前をヒラヒラ舞う。あまりの近さに驚いたが満腹で動けない。今回は諦めて顔をのぞき込まれる。
「ミルさん、近いです」
「ふふ、知ってます」
「僕も男ですよ?」
「それだけ満腹な人にそのセリフを言われても……」
「……とにかく離れてください」
ああ言えばこう言う。ミルさんの手のひらの上で満腹の僕はコロコロと転がされているようだ。
「離れる前に約束させてください」
「これくらいなら何とか持ってますよ」
「仕事が見つかるまで困るかもしれませんし今日はツケにしましょう? 次のお客様も確保できますしね」
「抜け目ないなぁ」
ミルの差し出した小指に絡めるように小指を差し出す。よく約束する際に使う罰ゲーム付きの契約。指を絡めて切った時にはもう契約が結ばれるだろう。
「それでは、んーそうですねぇ。【イレイズさんとまた会えますよう】にっと」
「それじゃあツケの回収の約束じゃないじゃないか」
ミルの指の刻印が白く綺麗に光効果が発揮されたのを確認する。
「イレイズさんはいつかきちんと払ってくれそうですけど、ぱたんとどこかへ消えてしまいそうなので……。また会いたいな、と」
ダメですか? と小首を傾げる。僕が女性の免疫ないのを知ってやっているのならあざとすぎる。そんなことを言われてツケを食い逃げするのもミルさんを無視することもできるわけが無い。
まんまとミルの作戦にかかり指を切る。
「ご飯代はいつか必ず返すよ。消える前に、いつか」
「長生きしてお得意さんになってくださいね」
僕が今からやろうとしている事を聞けばミルの予想が外れていないと答え合わせになっただろう。
恐らくゲシュテンフェルトの人たちは勇者の扱いを知らない。手放しで喜んでいる姿を見てハッキリとわかった。
早くヘルティを助けに行こう。膨れた腹を摩り満腹にさせる原因を9割消す。何故か全部消したくなかった。少しだけ残して席を立つ。
久しぶりに膨れた腹がまだ自分はここに生きていると実感させる。
森で消えるように生きてきたイレイズが生を実感し、強い力を持ちながら都市で死んだように生きるヘルティ。
約束をしたにもかかわらずヘルティを自由の身にする決意が強まった。
消失呪印のラディーレン アヴィ丸 @AviMARU917
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