第14話 ヘルティ・イーア

「また……かぁ」


 目が覚めた時にはユスディーツ大尉の檻の中。殺されたあと初めて見る光景は何度も同じだった。

 冷たい檻に暗い地下。武器を携帯していないヘルティにはこの檻を破る力はない。


「はぁ……イレイズの神隠し、いい案だと思ったんだけどなぁ」


 ゴロンと倒れ込み森の友人の顔を思い出す。刻印の力のせいかずっと森で1人生きてきたのだろう。どこか寂しく、抜けている男性だった。何年あの森にいるのか分からないが背格好的に歳も近いだろう。

 闘争続きのヘルティにできた数少ない友人だと思えた。


「でも人殺しなんてさせられないよね……」


 【千里眼】を持たなければ見つけられない薄い存在感。見つけた後も消えてしまいそうな不安定さだった。勇者を知らないくらい長い時間を森の中で1人過ごしていたであろうボロボロの彼に罪を背負わせる事は出来なかった。

 恐らくあの歳で何かゲシュテンフェルトに居られない程の大きな何かがあったのだろう。自分の逃避のために彼の刻印を利用することはできない。

 

 自分を閉じこめる鋼鉄の冷たさに寄りかかる。


「久しぶりに優しそうな人に会えたのになぁ!」


 死んで戦場を飛びまわる兵器のような扱いをされているヘルティにはここ数年、街に住む人々からもろくな視線は送られない。

 ゲシュテンフェルトを護っているのは1人の女の子だと言うのに、助けられて当たり前と、ただの道具だと私を讃えるお話はひとつもない。

 体に死ぬ瞬間の傷は残らない。私に残されたものは小さな傷と大きな心の傷だけだ。


 最初の1年は5つの刻印持ちとしてもてはやされた。私も小さいながらに必死に力を振るった。


 3年目になると私を殺して街に帰還させることを悪用し始める案が上層部で出始めた。

 初めは非人道的といいつつも小さな国であるゲシュテンフェルトは周囲の国の圧力も大きい。刻印大国として名を馳せれば馳せるほど刻印持ちをどうにかしようと卑劣な策が講じられるようになった。

 死んでも死なない私はそんな戦いにうってつけだった。


 5年目になるとゲシュテンフェルト王国軍大佐である【黒鉄】のアイン・ユスディーツによってこの檻が作られた。中は狭すぎず最低限人が生活出来る。安い宿に泊まる位の広さだろう。

 ここが私の部屋になった。どうせ戦場にいる私に部屋なんてあってないようなもの。それが檻だろうが可愛い壁だろうが関係なかった。


 8年目にはこの生活にも慣れた。命を軽く見ているのは私も同じだ。戦場では羅刹のように人を屠り続けた。【剣聖】によって身の丈ほどもあろう長剣を華麗に操り、【賢者】で数多の戦い方を身につけ、【僧正】で死ぬまで命を伸ばし続けた。

 人を切り続け脂によって刃が切れなくなり、死体によって足場が悪くなると運よく私を殺せる人が現れる。

 

 死ねば装備を含めて元通り、檻の中で生き返った私は残党や狩り残しの魔物を討つためにまた同じ戦場へ足を運ぶ。勝っても負けても私はこの檻へ帰る。村への仕送りのための給金を受け取っている以上、ゲシュテンフェルトの王国軍に手を出すことは出来ない。


 私の世界には死体と血が冷たい檻が全てだった。


「戻ったか。次の任務だ、出ろ」


 あぁ、もう一つだけ私の世界から切って離せない男がいた。

 鋼鉄の牢の創造主である王国軍アイン・ユスディーツ大佐が私の起床に合わせて檻の前へと現れた。

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