第12話 警戒

 グァラビも上方向から攻撃が来れば自分に向かって落ちてくることは想定している。だから自分の上方向には特に警戒していた。


 だが相手がイレイズなのが悪かった。重力に踏み込んだ敵を感知する無敵の空間は、感知できなければただ動けなくなるだけだ。

 自分が狙われていることをいち早く察知し重力場で身を守ったグァラビは、言い換えれば刻印を切るまでその場から動けず、切れた時点で死が確定する。

 刻印が使えるのも無限ではない。刻印は刻印がある箇所に力を入れる感覚で扱う。後付けの自身の体のようなものだ。


 グァラビならば首の後ろに刻まれた刻印、イレイズなら指先に力を込める。するとコツを掴むと刻印の能力が手足のように扱えるようになる。

 しかし、力を込めて効果を発揮する刻印は一般的に使い続けられる時間に限りが生じる。筋肉を弛緩させたタイミングで一度効果が切れるからだ。


 それでも仁王立ちで重力場を発生させたグァラビはただの延命行為に過ぎない。勇者を殺して街に送還した時点でグァラビの隊の任務は完了している。仮になにか起きたことに気づいたところで重力場が解けるほうが早いだろう。


「俺ぁここで死ぬんだろうな。見えない敵の対処法が分かりやしねぇ」


 重力という貴重な刻印を授かり、エリート街道を歩み始めたグァラビだが、いつからか自身の刻印にあぐらをかき他者をいたぶる事に愉悦を見出した。

 それまで順調に昇進したグァラビの功績はピタリと止み、今では勇者を殺す以外の仕事を回されなくなった。


「あぁくだらねぇ生き方だったな」


 後悔か諦めかはたまた開き直りかグァラビの重力場はイレイズの一撃によって消える。

 右半身を肩から右脚の半分まで縦に空洞が空く。指が触れたそばからそこには何も無かったかのように空間が生まれていく。


「結局最後まで何かわからねぇでやられちまったな」


 自分は今から死ぬのだろうとグァラビは諦めきった顔で地面に倒れ込む。


「がふ……。あぁ、もう俺が何したんだよ」

「人を、殺したでしょ」


 何も言わずに立ちされなかった。地面に倒れ込んだ半身、落ちた腕と脚の切れ端。確実に死が迎えに来るからこそこの人に話しを聞きたかった。


「殺される側になってどう? ヘルティの気持ち、分かった?」

「なんだよ……こんなガキかよ」


 見られる自分をイメージする。五指の緊張をとき、世界に存在する自分を認識させる。

 グァラビには突然少年が現れたように見えたのにも関わらず、落ち着き払って現状を把握する。


 血が少なくなり落ち着くしか出来ないのかもしれない。呼吸をする度に片方の肺だけで苦しそうに空気を取り込む。


「あの女の気持ちなんざ分かりたくもないね。何度死ねば分かると思ってる」

「あなたは1回しか死ねない」

「こんなの2度も味わいたくねぇよ」


 ガブガブと血を吐きながら側面からも赤く滲ませる。もう嫌味をはけるのも数度だろう。


「ヘルティはなんで殺された」


 知りたい情報はこれだ。【復活】の刻印があるとはいえ無駄に殺す必要は無い。人殺しは良くないと無抵抗で命を消される理由を知りたい。

 数度言葉を交わすだけで心優しいと分かる彼女が死ななければいけない理由は学の浅いイレイズには分からなかった。


「どうせ死ぬんだ。お咎めもないよな。あの女は戦場で殺して街に返したあとすぐに次の戦場に行かされる……。はぁ、ぶはっ。勝っても死ぬ、負けてもまた勝てるまで戦わされる。あの女は刻印に振り回された馬鹿な……」


 イレイズは行き場のない黒い感情を右手に込めてグァラビに叩きつけた。頭部のあった場所に空間が生まれ、数瞬遅れて首から血が零れる。

 側面から血を流しすぎたからか、首から手にかかる血は弱々しく少ない。

 気持ちの悪い生々しい温度が生きている人間を殺したとイレイズにはっきりと自覚させた。

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