第9話 獣

「さぁて、撤収するぞー」

「毎度毎度、抵抗もせず素直に殺されますよねこいつ」

「もう自殺用に毒でも渡しておけば勝手に飲んでくれるんじゃないですか?」

「さすがにそこまで馬鹿女じゃないだろ。仮にも【賢者】だぞ」


 3人の男の笑い声が聞こえる。人の肉塊を目の前にしてなぜ笑えるのだろうか。ヘルティだったものを足元に置いたまま笑う男たちに黒い感情が浮かぶ。

 10年1人で生きてきたイレイズは怒りという感情を知らず、ただ自分が何となく嫌なだけで行動を起こした。


 知覚できる存在の全てを消したイレイズの歩みは3人とも気づかない。全てを消し去る神隠しが確かに近寄っている事にも気づく方法がない。

 ヘルティを殺して仕事を終えたのか踵を返して森の出口へと向かう。

 もう何事も無かったとでもいわんばかりに歩みを進める。人殺しを本気で仕事だとでも思っているのだろうか、母を消して悩み続けたイレイズはよく分からない感情に支配される。


「にしても勇者が逃げる度にグァラビさんが派遣されるのも困りものですね」

「殺すなら俺の能力は持ってこいだからな。抵抗されることも考えてるんだろうよ」

「実際はこれまで5回の脱走で全部無抵抗でしたけどね。5回にもなると人間の圧縮も見慣れてきましたよ」

「初めては泣いてゲロってたのにな。いつからそんな可愛くなくなったんだお前ら」

「グァラビさんがわざわざ潰すから慣れたんですよ。脚だけ折って連れ帰れば吐かなくて済んだのに……」

「殺した方が早いだろうよ。【復活】の刻印で今やアイン大尉の檻の中だろうよ。女ひとり担ぐより殺して生き返らした方が楽だし早い」

「そうやってすぐ殺すから成果を上げても昇級がないんですよ」

「上に上がったって事務仕事やら責任が増えるだけだァ! こうやって気ままに街を守ってるフリして殺せるやつを殺せりゃいいんだよ」

「なんでこんな人がゲシュテンフェルト王国軍にいるんだか……」

「そういうお前らだって軍のハミ出しもんだろ」

「グァラビさんには負けますね」

「ミンチにしてやろうか」


 談笑。イレイズが右手を振り抜くと決意するのに何の躊躇いもなかった。人殺しはしたくなかった。だが、ヘルティを道具のように殺したこの肉の塊は人なのだろうか。

 答えはノーだ。人は人と共存していく中でお互いを殺すことを忌避して法律やルール、モラルというものが生まれた。それを軽々と踏みにじるこの畜生どもは人ですらない。


 3匹の畜生に右手を向かわせている僕も10年前から変わらず、ただ力の振るい方を知らない獣なのかもしれない。

 イレイズら【消失】の刻印を振り抜かない選択肢は無かった。

 人とすごした時間が短いからか。

 親を消した自分にもう失うものは無いからか。

 ヘルティが不憫だからか。


 イレイズに問いかければどれもがノーだ。答えは明白。


 ただこいつらが気に食わなかった。


 イレイズは親を殺してタガの外れた倫理観を10年持ち続けてきた。ヘルティの優しい顔を思いながら、右手を後ろにいた若い男の後頭部から振り抜いた。

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