第8話 人殺し

「そう、だよね」

「いくら強くてもそれだけはできないの。村への仕送りもあるし普通に働けなくなるのはダメ」

「ああ、村から連れてこられたんだっけ」

「お年寄りばかりの小さな村だから私の仕送りがないともう行商からものを買うのも厳しいの、だから普通の職に就いて仕送りしたい」

「君は優しい人なんだね」


 森で10年、人の優しさに触れるのは母以来だ。胸のあたりがグッと締め付けられる。

 久しぶりの優しさに触れ暖かくなった心は一気に冷める。


「ごめん、神隠しに合わせることはできない」

「そっか……あの気配の消し方そうだと思ったんだけどな。人を消すことはできないよね」

「うん、ごめん。僕は誰も殺したくない、特に君みたいな優しい人は」

「そうだよね、人殺しなんて普通できないよね。うん、当たり前か!」


 ヘルティはとても残念そうにも関わらず無理やり目元に笑顔をうかべ気を使わせまいとする。


「嫌なことがあるならその記憶だけ消せるけど……、消しておく?」


 精一杯の譲歩。願うことならヘルティが明日も笑って勇者として戦えるように。少しでも辛い肩の荷をおろす手伝いが出来ればと思っていた。


「……ううん、多分そんな細かく消せないと思うから大丈夫。数年も頑張ったんだし、もっといっぱいお金稼いで勇者辞めるよ」

「そっか。その時には嫌なことと縁が切れるように神隠しのおまじないしてあげるよ」

「楽しみにしてる。またね、えーっと……」


 ヘルティが別れ際に吃る。何故だろうと思ったが、当然のことをしていなかった。神隠しと呼ばれ気にしていなかったが別れ際の最後に消えてなくなりたい僕の名前をヘルティに教えた。


「イレイズだよ」

「神隠しはイレイズって言うのね」

「誰にも教えちゃダメだよ」

「ふふ、ふたりの秘密ね。いっぱい貯金ができた時はよろしくね、イレイズ!」

「うん、それじゃ」


 頭の上から右手を下ろす。カーテンを下ろすように僕の気配が消える。

 ヘルティも僕が【消失】したことを確認したのかそれ以上声をかけずにくるりと振り向く。僕もそれを確認したら森の奥に帰ろうと反転する。


 背後から肉の潰れる嫌な音が聞こえる。振り返るまでもなく、何が起きたのか想像に容易い。

 もう一度後ろを向いた時には足元ギリギリまで肉の破片が飛んできていた。

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