第7話 苦悩

「そ、勇者。刻印いっぱい持ってるから勇者」

「いっぱいって歴代でも最高3個じゃないか。しかも相当昔に」

「ううん、5個」

「はぁ……?」

「【千里眼】【復活】【剣王】【賢者】【神聖】の5つ」

「……ずるじゃん」


 恐らく刻印文字を聞く限り剣が使えて、魔法も使えて、回復すらできて、目は何も見逃さず、死んでも生き返る。

 頭の中で整理しでも感想は決まっている。


 ずるじゃん、と。


「私もびっくりしたよね。見えた文字読んだら5個もあって。目と胸元、あとは3個が背中に刻印されてさ。挙句の果てには大人に連れてこられて勇者として都市周辺の手に負えない魔物を押し付ける始末」

「う、うん」


 恨みの籠ったヘルティの言葉に何も口をはさめない。


「死んでも戻れるからって痛いんだよ? 最初は可愛がって貰えたし頑張ろうって思えたけど8年も経ったらモノ扱い。もうやってられないよ。別に私が居なくても今までどうにかなってきたのに今では使い捨てみたいにさ」

「待って、8年?」

「うん、8年。私15歳」

「ゲシュテンフェルトの森の協会で母親がいなくなった事件……知ってる?」


 当時7歳の少年が太陽暦を分かるはずもなく、印象深そうな事件を伝えてみる。


「知ってるも何も私の時にはそれのせいで儀式のやり方が変わったんだから。えっと確か……うん、ちょうど10年だったはずだよ」

「じゅ……!」


 10年。7歳の僕の歳を超えた年月がたった。道理で神隠しなんて噂も立つ。この森の中で10年、少なからず何度か【消失】の刻印を使っているところを見られている。

 憲兵が来ないところを見ると大きく消した場面を見られていないからか、あの爆発のおかげか神隠しの現象が【消失】によるものだとバレていないのだろう。


 10年も森をさまよって罪から目を逸らして生き続けてきたイレイズは、憲兵に目をつけられていないことに胸を撫で下ろす。

 いつまで経っても死ぬ勇気もなく、消えてなくなることも出来ない。そんな不甲斐ない自分が酷く醜い。森の中で一人、保身に走ったイレイズは母に合わせる顔もない。

 

 イレイズは10年の年月の長い年月を後悔と逃避で過ごしたのだと、ヘルティを見ていた顔を地面と向き合わせる。


「それがどうかしたのか? あの事件は憲兵の天才くんが7歳の呪印を殺して終わったはずだよ?」

「そっか、死んだんだ」

「あんな話題になっていたのに変な人だな」

「そうだね、僕は変だな」

「?」


 下を向きながら少しだけ口角が上がる。7歳から罪の意識と殺される恐怖と戦ってきたイレイズは片方重たい荷物を下ろせた。勿論罪の意識は消えない、追われないことがわかっても夜には母の顔にうなされるだろう。だが身を抱きしめて震えながら眠る必要の無くなったことはイレイズにとっては喜ばしい事だった。


 少しだけ肩の軽くなったイレイズは顔を上げる。


「ごめん、君はどうして神隠しに会いに来たの?」

「さっき言ったじゃん! もうモノ扱いは嫌なんだってば」

「でも刻印は5個も持ってて勇者に選ばれるくらい君は強い。逃げようと思えばいくらでも逃げれるんじゃない?」

「血眼になって私を抑えるやつ全員殺して良ければ逃げられるよ。それでも人は殺せないよ」


 ヘルティのその言葉にイレイズは一瞬眉をしかめた。

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