第4話 森で

「お腹すいたな……」


 母の作る温かいご飯が懐かしく感じる。乳のスープ、焼きたてのパン、笑顔の絶えない食卓。森には何一つないものだ。

 母のご飯が食べたい。そう思うイレイズには森の果物が目に入らない。

 ご飯と言えば母の手料理。その母を消してしまった今どうして呑気に果物が食べられるだろうか。


 ぐるるるると怪我をして食べ物を欲しがる空腹による腹の痛みをさすって和らげながら脚を引きずる。

 母を消しておいて生き残るつもりもないが、教会の憲兵に裁かれ殺されるのも怖い。7歳のイレイズにはどうするのが正解なのか分からず、消えてなくなりたくとも消してもらうことは避けてしまった。


「これからどうしたらいいんだろ」

 

 母親殺しの呪印の烙印を押され都市には帰れず、腹も空く。そのときイレイズはあることに気がつく。

 さっきまで胃が痛くなるほどお腹が減っていたのに、ふと気がつけば満腹感はなくとも空腹は無くなっていた。

 何かを食べたわけでもいないのに何故か空腹が紛れる。そんな不思議な現象の理由はたったひとつしかイレイズは知らない。


「この呪印……なんでも消せるの?」


 右手の指先を眺め、能力を実感し始める。母親の突然の消失、爆風の防御、空腹状態の解消。7歳の少年でも落ち着いて見直せばこの刻印の力を理解し始める。


「これがおかあさんを消したんだ……」


 刻印文字は神の御業。人外の力を人の身に落とし込む技術。科学者たちが血眼になって解読している刻印文字を読めたというイレギュラー。

 悪意も何も無く、幸か不幸かイレイズは目に付いた刻印文字が読めてしまったために強大な神の御業をその身に落とし込んだ。

 幸運なのは暴発さえしなければ貴重な能力。不運なのは7歳という幼さ。小さき頃に刻印を受けなければ育った後に馴染まなくなるという神の御業のデメリット。


 ありえないと思った事はもう自分の能力にできない。想像力が高いほど神の御業を人間界に強く反映できる。

 その点イレイズは3度の消失によりこの刻印が「なんでも消せる」というイメージがついた。

 

 眺めていた手を顔に近ずけ五指を握り込むようにしっかりと固定する。顔を抑え込む形で罪から逃げたいイレイズは一言だけ呟いた。


「ラディーレン」

 

 胸の中では母への謝罪が口から溢れ出さんばかりに渦巻いていた。楽に怖くなく消えてしまいたい一心で自分の刻印に縋った。

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