第3話 刻まれた傷

「ふーっ、ふーっ」

「おい誰か刻印医をよべ! ブレンの頭がやられちまってる!」


 イレイズを吹き飛ばした直後、ブレンと呼ばれた黒髪の少年は1歩も動けず立ち尽くしていた。血を失ってもなお倒れない。正義を果たした自分が倒れては憲兵として立つ瀬がない。


「あいづは……どうなっだ」

「お前が殺しただろ3年前に刻印を受け取ってから1度も本気を出さなかったお前の攻撃で!」

「ちゃんと……死んだが?」

「見ろよこれ、この教会お前が吹き飛ばしたんだぞ! 生きてられるわけないだろ。いいからもう休め!」


 刻印医が担架を持ち駆けつける。黒髪の少年は憲兵の同僚に軽く押され、担架に倒れ込む。つなぎ止めていた気力は切れ、とうとう意識を失った。

 血を失ったからか壁が抜けた教会は爆発の残滓を残しているのに寒くて仕方がなかった。


「……っは!」


 吹き飛ばされたイレイズは教会から少し離れた森に飛ばされた。

 爆発の熱波の熱さに咄嗟で手を向けたのが幸いして、爆風だけを受けて吹き飛んだ。

 爆発は不定形だからかイレイズの前方だけを消失させ、イレイズを飲み込んだ。


「っつ……おかあさん、痛いよ……」

 

 爆発に触れた右手の指は焼けただれ、皮膚の剥がれた肉の中に白が滲む透明の刻印が刻まれている。

 呪印と呼ばれ愛する母を消したこの刻印が憎い。この爆発で右手ごとなくなってしまえば業を背負わずに済んだかもしれないのに。


 指が触れれば物が消える。刻印の説明を受けていないイレイズはその程度のことしか理解していない。

 ただ怒りを露わにするのにそれだけ分かれば充分だった。拳を握りしめ指を折りたたむ。そして右手を力のままに手近な木に叩きつける。


 人のいない肌寒い日にゴッゴッという鈍い音が響く。こんな右手無くなってしまえばいい。手の痛みよりも心の痛みを緩和したかった。焼けた手がズクズクと痛み、血が木に染み込む。


「……ぁあ……! なんで僕なんだよ!」


 叩いても叩いても体の内側の痛みを越えない。胸が万力に締め付けられるように、いっその事潰れてしまえばいいと思えるほどに痛む。


「おかあさん! ごめん、ごめん!」


 体は悲鳴をあげて腕を下ろさせる。木は血まみれの拳で赤く塗られる。

 鈍い音がやんだ頃にはまだまだ子供の嗚咽混じりの鳴き声が冷たい森にこだまする。


「ひっく……うぅ……おかあさ……っあぁ……!」


 もうどこにも居場所は無い。呪印持ちで親殺し、ゲシュテンフェルトにもうイレイズの居場所は残されていない。


 街の反対に向かって小さな子供の脚で森の奥深くへと歩いていった。

 誰が見たとしても命を諦めているようにしか見えないような弱々しい足取りだった。

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