第3話(動画も公開中 https://www.youtube.com/watch?v=FnZ9aHeTc5g

『―ヨシダ君は、あつくないん?』

彼女はそう言いながら、今度はお尻を浮かせたまま、両膝を胸の前に折り畳む恰好で屈んだ。同じくらいの視線の高さになったので、彼女はいっそう大きな瞳でじっと僕の顔を見つめた。

『―ねえ、あつくないん?』

『あついよ。』

僕は正直に答えた。

『やっぱり、そうやろう。我慢しやったんやねえ。』

彼女は白い歯を見せて、可笑しそうに笑った。

『あついけど、海を見るのが好きなんだ。』

好きなんだ、と口にすると、僕は胸の中がくすぐったくてたまらなくなった。

『ええ海やもんねえー』

彼女はまた歯を見せて笑った。それからぐるりと目の前の海を見渡した。

『―わたし、ここの海が世界で一番綺麗な海やと思う。』

彼女はそう言い、息をついた。『―そう思わん?』

『―そうかもしれない。でもほかの海を見たことないから、よくわからないよ。』

海をわたってきた熱っぽい風が、僕と彼女の前髪を吹きあげていく。

『―へえ。やっぱり東京の子なんやねえ。』

彼女は驚いたように目を丸くした。それから、よいしょ、と小さな声をあげて立ち上がった。海風が吹き抜けると、彼女の黄色いラッシュパーカーが旗のようにはためいた。彼女はそれをするすると脱ぐと、つるりとした水着姿になった。

 まだまだ幼い身体つきだったが、僅かに膨らみかけた胸や、まるみを帯び始めた腰のカーブに、僕は大人の女性の予兆を感じて、恥ずかしくなった。なんだか自分がひゅっと消え失せてしまうような感覚だった。

『泳ぐの?』

僕は戸惑いながら、早口で彼女に訊いた。最初、彼女はきょとんとした表情で僕を見たが、すぐに笑顔になって答えた。

『―そう。』

彼女は細い身体を捻って、軽くストレッチした。

『ひとりで?』

僕がそう訊くと、彼女はいたずらっぽく微笑んだ。

『違う。友達と。』

彼女は微笑んだまま、胸をはった。だが、堤防の上には僕と彼女のほかには誰もいなかった。

『―あとから、誰かくるの?』

僕は首を傾げて訊いた。

『―ヨシダ君は秘密を守れる人―?』

出し抜けに彼女は真面目な顔つきになって言った。そして僕に一歩近づいた。何かを推し測るみたいに。彼女の甘い汗の匂いが微かに鼻先をかすめる。

『口は堅いほうだと思うよ。』

僕がそう答えると、彼女はほっとしたような表情を浮かべた。

『じゃあ、一緒に行こ。』

彼女はそう言い、僕の汗ばんだ腕をぱっと掴んだ。

『どこへ?』

咄嗟の事に驚いている僕を、彼女は、いいから、いいから、と言いながら強引に立たせた。僕が立ちあがると、彼女はやはり僕よりも頭一個分背が低かった。

『この堤防の先、行ったことある?』

彼女は僕の手をひっぱって、いたずらっぽい笑顔で訊いた。

『立ち入り禁止の看板までは行ったことがあるけど。』

『その先に、小さい入江があるんやよ。』

『へえ、そうなんだ。』

僕は彼女にぐいぐいと手をひかれるがまま、堤防の上をよろよろと歩き始めた。

『そこで、友達と待ち合わせてあるん。』

彼女の足取りは心愉しそうに浮き立っていた。僕は堤防から落ちないようにバランスをとりながらそれについていった。

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