第9話 それはたしかに存在した過去であり記憶
「フゴオオオオオン!」
ざばん、と床を水浸しにしながら研究所に帰ってきたサンゴー。疲労からか床の上に大の字になって寝転がる。
「無事に帰ってこれたか。まったく無茶しおって」
「フ……フゴォ……」
「だがよくやった。初めての探索にしてはなかなかいい働きだったぞ」
寝転がるサンゴーの顔を腰に手を当てて覗き込む博士。
首にぶら下げた銀色のペンダントがきらりと光った。
「フゴォ……」
サンゴーはぐっと親指をつきあげ、そのまま意識を失った。
サンゴーは夢を見た。
それはまだ、彼が人間だった頃の記憶。
記憶の中の彼はサンクチュアリの船着き場でボートの上に立っていた。
サンクチュアリ側には白衣を着た少女が今にも泣きそうな顔で立っている。
『ちゃんと帰ってきてね……
少女が震えた声でそういった。
かつての自分は少女の頭を撫で、ボートとサンクチュアリをつなぐロープを絶ち、船を出した。
幾度かの昼と夜を越え、数ヵ月か、はたまた数年が経過した頃、強烈な嵐に見舞われた。まるで夜になってしまったかのような分厚い雲が空を覆い、高波がボートの横腹を殴りつける。
ちっぽけなボートはあっという間に転覆し、記憶の中の自分は闇に誘われて浮上してきた人魚たちによって嬲られていく。
なす術もなく右腕を奪われ、顔の皮を引きはがされても、それでもなお記憶の中の自分は銀色のペンダントだけは離すまいと握りしめていた。
やがて嵐が収まり太陽が出てくると、人魚たちは海の底へと戻っていった。
木の破片にしがみつき、ゆらゆらと流されていく。
カモメの歌を聞きながら、彼は深い深りに眠りについた――――。
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