第157話 出航

しばらくバカンスを楽しんだムツキ達は、ビアンキの提案通りに海を渡り、人類未開の地であるドラゴノイドの住む大陸へと渡ってみる事にした。


とは言えこの世界の人間の生活範囲唯一の海はビアンキがいる事で閉鎖されていた為、海を渡ろうと思った人間などおらず、川を渡る為の小さな船はあれど、海洋船のような大きな船はない。


そこで、木造ではあるが、ムツキは大きな船を作り、それをビアンキに引いてもらう事にした。


錬金術を使えば動力まで作れるだろうが、ビアンキが船を引きたがったからだ。


普通の人間の感覚ならドラゴンに引いてもらうなんてと慄きそうだが、ムツキが思うにドラゴンは主に対しての奉仕欲求が強い。

ボロネとペトレもよくどちらがムツキを背中に乗せるかで言い争っているし、ビアンキもボロネ達の話を聞いて自分に乗っていけと提案してきたくらいだ。


ビアンキは空を飛ぶのではなく海を泳ぐので、そのまま乗るには濡れてしまうし、エレノア達も一緒に連れて行きたかったので、船を引っ張ってもらう事を提案したのであった。


馬車は御者に暇を出してあるので、海の向こうにはムツキ、エレノア、シャーリー、アイン、メルリスの5人で向かう事になる。


どれくらいの船旅になるか分からないので、ムツキは全員に酔い止めのアクセサリーをプレゼントしておいた。


メルリスがまた恐縮した様子で断ってきたが、エレノア達にされていた。


ビアンキが言うには3日でついてみせると張り切っていたのだが、あれはいい所を見せようとスピードを出す気だと思う。

勿論ムツキはゆっくり行きたいからなるだけ日にちをかけろと言ったのだが、ビアンキはどれくらい堪えられるのか。


求めているのは速達便ではなく快適な海の旅なのである。


出航間近になり、全員船に乗り込んだのでムツキがビアンキに出発を伝えにいく。


「ビアンキ、そろそろ出発しましょうか」


「分かった。やっと我の力を見せる時がきたのだな!」


ビアンキのやる気は十分な様子だが、やはりかとムツキは苦笑いを浮かべた。


「ビアンキ、速さは求めていませんからね? 船が揺れない程に心地がいい船旅を求めます!」


「ぬ、しかしそれでは我の力が——」


「ただの力自慢なんて役に立ちませんよ? 私がいれば事足りますから。それよりも、私ができない事ができる配下の方が重宝します。移動だけならボロネやペトレに空を飛んで貰えば事足ります。でも、快適な海の旅、昨日までゆっくり別荘で過ごしていたように、海の上をゆっくり、楽しく移動できれば妻達も喜ぶでしょう。どうしても空の旅は風の抵抗がありますからね」


「わ、わかった! 海であれば私の方が優秀な所を見せてやる! 主によ、大分日にちがかかるが楽しむといい。奥方達とバーベキューとやらをして地上と変わらぬ楽しい移動をさせてやる!」


ビアンキは、移動だけならば空を飛んで陸も海も移動できるボロネの方が優秀だと言う言葉に焦り、ムツキの言わんとする事を理解したようだ。


出航した船はムツキさえも知らないが地球のクルーズ船より少し早い程度。

しかし船は揺れる事なく海を進む。


木造とは言えクルーズ船より少し小さい程度の巨大な船なので船自体の安定感もあるだろうが、ビアンキが気を遣ってくれている賜物であろう。


「わあ、見てください! あんなに地上が小さいです」


「すごい」


「未開の地とは! 私の探究心が騒いでいるぞ! エルフの歴史の中でも、他の大陸などと言う言葉は聞いた事がない! 待っていろ! 新大陸!」


「アイン様、そんなに乗り出しては落ちてしまいます! ムツキ様! アイン様がー!」


エレノアとシャーリーは出発した陸地が小さくなっていくのを見て感動しているが、アインは船の反対側で柵に足をかけて乗り出すようにして興奮した面持ちで叫んでいた。

それをメルリスが海に落ちないように必死に服を引っ張っている。


「ムツキ様、メルリスも大変そうなのでいってあげてくださいませ。ああなったアインさんを止められるのはムツキ様だけでしょうから」


エレノア達と海を見ていたムツキは、エレノアの言葉に頷いてアインとメルリスがいる方に移動する。


メルリスに変わって、アインを支える役目を変わると、メルリスとは違ってアインの後ろから腰に手を回した。


「お、ムツキ?」


ムツキはアインの耳元に顔を近づけるとある事を耳打ちした。

それを聞いたアインは、顔を赤くしながら両腕を横に広げていく。


「これで、合ってるのか? ムツキ?」


「はい。バッチリですよ!」


ムツキの返答を聞いてアインは嬉しそうに笑った。


私の世界では船に乗ったカップルがするポーズがあるんですよ


ベタではあるが、ムツキの言った事は嘘ではない。

勿論、この船旅は物語のような結末ではなく最後まで楽しい船旅になるはずである。


後にアインが嬉しそうにそのポーズの意味をエレノア達に話し、エレノアとシャーリーもやりたいとせがんでくるのはご愛嬌。


こうしてこの世界初の海の旅が始まったのであった。


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