伝書鳩・ピンポンダッシュ・SONYのワイヤレスヘッドホン

「ねえ。あれ結局買ったの?」


 放課後、学校帰りの日暮れ前。太陽が遠くの山に沈みかけてる。街中からは程遠い片田舎の放課後としてはありふれた風景だ。町でも大きな通りにも関わらず通り過ぎる車はまばらで親友の言葉もそれほど大きくないのに鮮明に聞こえる。それだけのことで田舎は嫌だなぁとか都会に憧れるなぁとか、いろんな感情が渦巻き始めるのを感じて、ここから出ていきたいのだとぼんやりと考えている自分と向き合う。


「ねぇってば」


 それこそ親友の言葉に対して返事を忘れてしまう位にはぼんやりしていたらしい。もうすぐ進路相談の時期だから、そう言い訳を自分にする。


「ううん。買ってない」


 その話題はSONYのワイヤレスヘッドホンのことだというのは、最近の会話からわかっている。ずっと悩んでいたのだ。買おうか買うまいか。相談もし続けた。そうなれば相談されたほうも気になって当然だ。


「なんでよ。あんなに力説していたのに」


 高音質でノイズキャンセリングもついてそれを付けて通学すれば世界なんて変えてしまえると思う位のものだったけれど。結局は高すぎてやめてしまった。


「都会の大学に行きたくて、貯金始めたんだ」


 ワイヤレスヘッドホンを買うためのアルバイトも使うことなく通帳の数字を大きくしていく。それが消費されるのも随分と先の事になりそうだ。


「なによ急に。そんなこと言ったことなかったじゃない。彼氏でもできたの?」


 的外れだけれど。遠くはないかもしれない。


「鳩レースがね。やりたくて」

「ん?」


 いきなりすぎる告白に親友が固まっているのが分かる。イメージも沸かないのかもしれない。伝書鳩を使って鳩レースを見たのはついこの前のSNSでの動画を見た時だ。一斉に飛び出す鳩たちは迫力があって一瞬で心を奪われてしまった。その鳩たちが自分の家に帰ってくるまでの速度を競うその競技はとても魅力的に見えてしまったのだ。


「そ、そっか。そうなんだね。じゃあ、私が買っちゃおうかな」


 親友の言葉にも決心は揺るがない。なんならあれだけ商品の特性をアピールし続けたのだ。その結果だとしたら商売のセンスがあるのかもとぼんやりと考えてしまう。


「うん。いいと思うよ」


 この静かな田舎に鳩が優雅に飛んでいるのを想像してわくわくする。それは都会をでSONYのワイヤレスヘッドホンを付けている自分よりもずっと魅力的に思えた。


「ねえ。そういえばアルバイトってなにをしてるの?この辺りで高校生OKの所なんて少ないでしょ?」

「あれ。言ってなかったっけ。ピンポンダッシュだよ」

「ん?」


 親友がなぜだか固まってしまっている。それは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で思わず笑ってしまった。


 

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