第50話「二人の馴れ初め」

 ドアの開いた音のせいでみんな一斉にこっちを向いてきた。

 やばいめっちゃ目立ってるじゃん。

 初日から遅刻してきたやつって思われる……。


 彼の後ろを歩き、なるべく目立たないようにして席を探すが、いい席がない。

 いや荷物置きにしている人が何人かいたのでその人に声を掛ければいいのだが、遅れてきて注目を浴びた上でさらに座らせてくれと頼む勇気は私にはなかった。

 残っているのは教室の一番隅の二人掛けの席だけ。

 見えづらそうだけど、ここに座るしかないかな。


 そんな私を無視して、彼は友達と思われる人たちの所に行くが、なにやら邪険じゃけんに扱われ私のそばに戻ってきた。


「どうしたんですか、友達と一緒に受けないんですか?」

「なんか『お前の席ねーから!』って言われて追い返されました」

「ここしか空いてないみたいですけど、ここ座ります?」

「それしかないですよね」


 席についてしばらく経つと、彼は大きなため息をついた。

 やっぱ隣が私なの嫌だよね。

 赤の他人ではないけど、知り合いほど知ってるわけじゃないって一番居心地悪い関係だし。


「ごめんなさい、私ほかに移れるところがないか探してきます」

「なら俺が移りますよ、やっぱ隣に誰もいないほうがいいですよね、すみません」

「大丈夫ですよ移らなくて。さっきのため息って隣に誰かいるのが嫌だから付いたんですよね?」

「ため息? このLINEのせいなので、隣が嫌とかじゃな無いですよ」


 そういって見せてきた画面には、「リア充死ね!」とのメッセージと共に中指の立っている画像が送られてきていた。

 こういう時なんて声を掛けるのがいいんだろうか。

 二人で飲み会を後にして、翌日二人して遅刻しただけでリア充扱いだなんて。

 あれ?

 行動パターンが朝まで二人で一緒に居たのと同じじゃ?

 もしかしたら遅刻よりとんでもない印象を与えてしまったかもしれない。


「あの……、本当にごめんなさい」

「いや別に貴女が謝ることじゃ」

「けど完全に昨日の夜から朝まで私と一緒に居たみたいな感じになってしまっていたので」


 彼は一瞬この人は何を言っているんだ?という顔でこちらを見てきたが、すぐに合点がいったのか、顔から笑みがこぼれた。

 なんかかわいい顔して笑う人だな。


「ああそういうことか」

「すみません不注意でした」

「昨日誘ったのも、今日教室入ったのも俺からなので別にいいですよ。このぐらいでのけ者にされるんだと、遅かれ早かれ切られてただろうし」


 まあ確かに一緒に来ただけで切られるのなら本当の彼女ができた時も容赦なく切られそうだ。


「それに明日以降関わらなければそのうち誤解も解けるでしょう」

「そうですよね」


 そう言い終わるとタイミングよく教授が講義を終えた。


「じゃあ俺はこれで」

「ほんとすみませんでした」


「大丈夫ですよ」と言いながら噂など気にも留めないようにして去っていった。


 ◇


「食堂ってここでいいんだよね」


 どうにか見よう見まねで注文を終えるとなるべく人の多いところを選んだ座った。

 ここなら人が多いから紛れられるよね。

 自意識過剰なのはわかっているが、彼と別れた後でもまだ噂されていた気がして落ち着けなかった。


「あの、隣いいですか?」

「いいですよ」


 口の中に含んだものを一気に水で流し込むと、なるべく平静を装ってそう答えた。

 これ以上なにか変なことを言われる理由を増やさないためにも、普通の人を演じるしかない。

 誰が座るのだろうかと顔を確認するがその顔は間違いなく彼だった。


「あれ、さっきの?」


 え、なんでわざわざ隣に座ってくるの?

 いぶかしげな視線を彼に向けると、苦虫をみ潰したような顔で、ある点を指さした。

 そこには昨日私を新歓に誘った挙句先に帰った友人が小さく手を振っていた。


「なんかだいぶ広まってるみたいで、『彼女ボッチにするな取られるぞ』って脅されて……」


 彼は二十連勤が終わった後に追加の十連勤が告げられた時のような限りなく絶望に近い疲れ切った顔でそう言った。


「ああ、なるほど……。それは、すみませんでした」


 誤解を解かなきゃいけないと思い、『どういうことなの?』とLINEを送ろうとすると、件の友達からメッセージが着ているのに気が付いた。


『なかなかいい彼氏捕まえたじゃん、お似合いだよ』

「あの人彼氏じゃないんだけど」

『セフレ?』

「違う、他人!」

『もう高校生じゃないんだから隠さなくてもいいんだよ』

「ほんとうにそういうのじゃないから」


 それ以降全く既読が付かなくなってしまったが、とんでもないデマが広まっていることだけはよくわかった。


「はー最悪……」

「どうしました?」

「こんな感じです」


 LINEでのやり取りを見せると、彼は諦めたように笑った。


「別れたってのが同じように広まればいいんですけどね」

「ああじゃあ少しだけ付き合ってる振りでもしますか?」


 なんで自分の口からそんな言葉が出たのかわからない。

 もしかしたら今まで誰とも付き合ってこなかった分無意識化ではそういうのに対し憧れがあったのかもしれない。


「もうすでにされてますけど、俺と付き合ってるって言われて嫌じゃないですか?」

「私の方こそ私なんかでいいのかなって思って」

「かわいいと思いますけどね」


「そんなことないですよ」と自虐気味に否定していると、彼は言った。


「じゃあ数週間したら別れるってことで、よろしくお願いします」

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