第49話「達也との出会い」

「じゃあ私は先帰るからあかねもいい男見つけなよ」


 私を新歓に誘った友人は、男の手が腰に回った状態で少し頬を赤く染めながら幸せそうに会場を後にした。

 初めはこんなところ来るつもりなかったのに……。

 ウーロンハイに見せかけたウーロン茶の氷をかき回しながら、物思いにふける。

 高校で彼氏ができたことないって言ったら連れてこられたけど、誰が誰かわからないし、みんな酔ってきたのかジェット機のエンジン音のようなけたたましい声で話すし、もうこんなところいたくない。

 こんな時飲み会から一人で抜け出すテクニックを知ってればいいのだろうけど、高校生の頃飲み会なんか参加したことないし、抜け出す人はみんな男女のペアでいなくなるから帰りたくても帰ることができなかった。


「ねえ君、この後二人で飲みなおさない?」

「ごめんなさい、もう少しここに居たいので」


 そう何人か声を掛けてくる人はいたが、全員目が血走っていた。

 なにを考えているかは大方想像がつく。

 その誘いに乗ればここから出ることはできるが、その先の地獄を考えるとどうしても誘われても一緒に出ていくという選択肢は取れなかった。


「あの、帰りたいけど帰れないとか思ってます?」


 誰だろうか。

 氷が溶け段々と薄くなっているウーロン茶をながめていると、そう声を掛けられた。

 もう新歓が始まってしばらく経つのに、その人から酔っている仕草は見られず、目も氷のように冷たかった。


「思ってますけど、誰も一緒に出たい人がいないので解散になるの待ってます」


 どうしてだろう。

 飲み会の席でこんなこと言っちゃいけないのはわかっているのに、その人にはなぜか包み隠さず話してしまった。


「ならちょうどよかった、外まででいいので一緒に帰るふりをしてくれませんか?」


 そう彼が指さしたほうを見ると、何人かがはやし立てるような雰囲気を出していた。

 ああ、私に話しかけてそのまま持ち帰れとか言われたのかな。

 ざっとあたりを見回すも、声を掛けてくれた人が残っている中で一番マシに見えた。

 いや残っている人たちだけでなく、一般的に見ても上から数えたほうが早いくらい整った顔をしていた。

 まあこの後ホテルに行く羽目になっても、二人だけの方がまだ逃げやすいかな。

 誘った人に逃げられたとか恥ずかしくて言えないだろうし。

 ほかの人たちより冷めた感じがしたからだろうか、この人からなら簡単に逃げられる気がした。


「いいですよ」


 彼に促されて立ち上がると、さっき指で指したあたりがより一層騒がしくなった。

 噂では聞いてたけど本当にこういう空気感だとは思わなかった。

 もう二度と来ないでよそう。

 そう心に決め、喧騒けんそうを背中で受けながら店を出ると、彼は言った。


「ありがとうございました。さようなら」

「え、ホテルとかは……?」

「ああ、そういうのに乗り気じゃ無さそうなのは演技だったんですか? そんなにしたいならさっきの呼んできますよ」


 自分でもなんで咄嗟とっさにこんな言葉が出たのかわからない。

 本当に期待してたわけではないし、できるならそんなことせずに帰りたかった。


「いえごめんなさい、結構です。変なこと言ってすみませんでした」

「別にいいですけど、じゃあこれで」

「さようなら」


 よかった、あんなことを口走ったのが飲み会で会った人で。

 お互い名前も学部も知らないし、飲み会で女からホテルに誘われたということがあっても、私が誘ったということはないだろう。


 そんなことを考えていたが、翌日学部も名前も知ることになった。


 ◇


「初日から遅刻ってさすがにまずいよね……」


 もう授業は始まっているようで、ドアの向こうからは教授と思しき人の声が漏れていた。

 どうしようかな、このまま帰ってさぼり癖が着いちゃうのは嫌だし、みんなが授業聞いてるところに入るのも嫌だな。


「英語1ってここですよね? 入らないんですか?」


 ドアの前で呆然ぼうぜんと突っ立っていると、そう声を掛けられた。


「なんか独りだと入りづらいなって思って」

「俺も遅刻だから一人じゃなな……、あ」

「あ?」


 なにが「あ」なのだろうかと、声を掛けてきた人の顔を見ていると、昨日新歓であった人と似ている気がした。


「あの、昨日新歓いました?」

「ホテル誘ってきた人ですよね?」

「それは忘れてください!」


 昨日のことを思い出すだけで顔が真っ赤になる。

 なんであんなこと口走ったのだろう。

 それによりによって同じ講義を取ってるなんて。


「まあいいや、入りますけどいいですよね?」


 そう言うと彼は返事も聞かずまるで遅刻してないかのように入っていった。

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