第40話「二人への新たな脅威」

「はーっ終わったー」

「なんか対していなかったけどどっと疲れた気がするねお兄ちゃん」

「ほんとなー」


 各々おのおの思い思いに伸びをしたりその場に座りこんだりしながら疲労を口にした。


「ごめんね、お兄ちゃん降りてくるまで引き止まられてれば良かったんだけど」

「まあなにも言われなかったしいいよ」


 指輪に関しては少し触れられたけど怒っているようではなかったし、首輪も触れなかったってことはお咎め無しってことでいいんだろう。


「マジで焦ったけどね、陽菜ひなが後から来ればいいって言うから大丈夫だと思ってたし」

「私だって焦ったよ、急に顔見てくるって言うんだもん」

「まあそうだよな。ところで温泉いいのか? 陽菜が友達誘ってもいいんだけど」


 陽菜は手渡した券を少しながめると返してきた。


「私はいいかな。友達と行くんじゃ二人分だと足りないし、そういう相手もいないからね」

「じゃあありがたく使わせてもらうかな。なああかね、いつ頃行く?」

「私は明日からでもいいよ、単位はどうにかなりそうだし」


 スマホを確認しながら茜はそう言ったが、確かに授業受けるって考えると期限切れそうだしな。

 単位はまあ留年しなそうだし、俺もさぼればいいか。


「じゃあまあ予約取れればだけど、明日以降のなるべく早めにってことでいいか」

「そうだね」

「荷造りとかしなきゃな」


 そういえばスーツケースって持ってたっけ?


「達也ってスーツケースあるの?」

「いやどうだっけな。なあ陽菜、うちってスーツケースあったっけ?」

「忘れたの? 唯一生きてたやつはこの前の旅行で壊れたし、それ以外はお母さんが持って行っちゃったじゃん」


 ああそういや壊れたっけ。

 三輪のスーツケース持って帰ってくるのは結構手間だったな。


「なら私のスーツケース使う?」


 茜のスーツケース?

 前行ったときは旅行用のスーツケースなんかあの部屋になかった気がしたけど、別れてから買ったのかな。


「あるの?」

「まあ私のお姉ちゃんのやつだけどね」


 そう言って前借りてきたと思われるときの写真を見せてきた。

 これなら結構入りそうだな。


「借りられるのはありがたいけど、迷惑にならない?」

「多分平気、ちょっと確認してみるね」


 そう言うと茜は姉の所だろうか、電話をかけ始めた。


「スピーカーのが達也たつやも一緒にわかるからいいよね」?


 何度かの呼び出し音のあと茜と似たような声が響いてきた。


「あ、お姉ちゃん、今時間平気?」

『大丈夫だけど、どうしたの?』

「今三、四泊用のスーツケースって借りられるかな?」

『ちょっと待って、あったかな?』


 俺と話すのとも、親しい友達と話すのとも違う独特な空気感は新鮮しんせんだが、そんな茜の声を聴くのは少しこそばゆかった。

 俺もさっきはこんな感じだったんだろうか。


『あったあった、どうする? 送る?』

「急ぎで使いたいから取りに行く」


 よほどあったのがうれしいのか、茜は満面の笑みでピースしてきた。


『なら私が持っていくよ。茜の部屋に持っていけばいいんでしょ?』

「あーどうしよう、ちょっと待ってて」


 ミュートにしたのを確認すると、話しかけてきた。


「スーツケースってこっちに合った方が楽だよね?」

「まあ楽だけど、茜の家から運ぶのでも大した手間じゃないよ」

「けどお姉ちゃん来るまでずっと部屋にいないとだからな」

「お姉さんの負担にならない形であればどこで受け取るのでも大丈夫だから」


「わかった」と言いながらミュートを解除する。


「ごめんお待たせ」

『ねえ男の声したけど彼氏?』

「え、嘘ミュートにしてたよ」

『けど聴こえたけどな、彼氏なら変わってよ』


 どうしようと言う目で見てくるが、男がいるのは事実だしこんなことで嘘つかせるわけにはいかなかった。

「出るよ」といい手を伸ばす。


「ごめん、なんかミュートになってなかったみたい」


 そう言うと申し訳なさそうにスマホを手渡してきた。


「初めまして、茜さんとお付き合いさせていただいております、達也と言います」

『へー本当にいたんだ、なに目的?』


 茜と話していた時とは打って変わって、氷の刃の様に冷たくするどい声だった。

 あまりの威圧いあつ感に全身に鳥肌が立つのがわかる。


「え、なに目的ってどういうことですか?」


 電話越しでも押しつぶされそうになるプレッシャーの下、何とか声を出すことができた。


『身体、それとも金って聞いてるの。どうせお前もあの子のことアクセサリー程度にしか考えてないんだろ?』

「お姉ちゃんストップ!」


 茜は無理やりスマホをうばい取ると、今まで聞いたことないような声で叫んだ。


「達也はそういう人じゃないから! 大丈夫!」

『茜は騙されてるんだよ、男なんてどれだけ上辺を取りつくろっても中身はみんな同じ』

「ならスーツケース渡しに来たときに直接話して! そんな人じゃないってわかるから!」


 そう言い放つと、一方的に通話を切ってしまった。


「なんかごめんね、多分話せばわかってくれると思うから」

「ああそうだね、まあ頑張るよ」


 相手が茜の実姉である以上、話しても分かり合えない人はいるしそういう人とは関わらないで、距離置くしかないんだよとは言えなかった。

 少し前に、姉に反対されるかもしれないから付き合ってるとは言えないと言われたが、まさかあんな人だったとは。


「お姉ちゃんからいつ会えばいいってLINE来たんけど、明日でもいい? 急すぎて心の準備できない?」

「いや明日でいいよ、なるべく早く片付けたいし」

「わかった」


 母さんに隠すのも緊張したけど、その上がいたとはな。

 大きなため息をついていると、面白いことになったとでも言いたげな笑顔の陽菜が話しかけてきた。


「なんか大変なことになったね」

「荷物の山の中で遭難するよりましだと思いたいね」

「へーそっか、まあいざとなったら私が助けてあげるから」


 陽菜はそうニタニタと笑って言った。

 助けるって何ができるんだよ。

 陽菜に助けを求めても碌なことにならないだろうと思っていると、何か察したのか冗談でも言うように話し始めた。


「『茜さんとは体のためでも、お金のためでもなく、首輪をつけて猫して扱うために飼っています』って言ってあげるからいつでも言ってね」

「ああ頼りにしてるよ」


 なにか言い返す余力もなく、適当に聞き流すと、俺はしかばねのようにゆっくりと自室に戻ることしかできなかった。

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