第39話「二人へのプレゼント」
「ねえお兄ちゃん、お母さんが呼んでる」
「わかった今行く」
遠くからそう呼んでくる
よく見るとその手は小さく震えている。
「行くんだよね?」
「そのつもりだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ、行こう」
よっぽど緊張しているのか、キスしてきたときとは打って変わって借りてきた猫の様に小さくなっている。
「呼んだ?」
「ああ、その部屋なんだけど。二人が嫌じゃなきゃここ使っていいから」
そう言って母が指さした先には両親の寝室があった。
「ここ母さんとかの部屋じゃん」
「もう何年も使ってないからね、どうせ二人で寝るなら広いほうがいいでしょ?」
「いや、今バラバラの布団で寝てるから……」
実はすべてバレているんじゃないかと思うと、冷たい汗が背中を伝った。
「そう、今のままでいいならいいけど。恋人の意見もちゃんと聞いたほうがいいよ」
茜の方を見ると「ねぇ」と小さく言った。
「あの、挨拶が遅れて申し訳ありません。
茜は
「達也をよろしく、茜さん。もし付き合いきれないと思ったらすぐ振っていいから」
「いえ、そんなことないです……。達也さんはすごくいい人なので……」
茜は湯気でも出るんじゃないかと言うくらい顔を真っ赤にしてそう答えた。
「ならいいけど、指輪をつけるかどうかゆっくり決めたほうがいい。勢いも大事だけどね」
そう意味ありげに笑う母を見ると、嫌な予感がした。
指輪って外したっけ……。
バレないようゆっくりと拳を締めると中指と小指の側面になにか硬いものが当たった。
やばい。
完全に忘れてた。
そっと茜の左手に視線を移すが、茜ももちろんついたままだった。
「まあどういう意味でつけたのかは知らないけど、予定があるなら二人用のベッドで寝る練習もした方がいい。ずっと狭いベッドで寝るわけにいかないだろう?」
「……、そうですね」
茜は緊張しているのか歯車が壊れた機械の様にぎこちない動きで母の話を聞いていた。
「茜さんもそう言ってるんだし、達也もそれでいいだろ?」
「ああ移るよ」
実際ベッドの上は手狭だったし、ちょうどいいと言えばちょうどよかった。
母の仲介で移りたくはなかったが。
「よろしい。じゃあ部屋移るだけだけど、引っ越し祝いでこれをあげるから行ってきな」
「これは?」
手渡された封筒を開けると、温泉ペアご招待券と書かれていた。
「取引先からもらってね。陽菜に確認したら二人に渡していいって言うから」
「いや父さんと行ってくればいいじゃん」
「二人とも忙しいからね、それに大人は行きたければ自分で行くからそんなこと気にしなくていいの」
「じゃあもらうよ、ありがとう」
いつか二人で旅行でもとは思ってたけど、まさか招待券をもらうことになるとは。
嬉しくないと言えば嘘になるし、ここでひたすら断ってもどうせ最後は渡されるのだから必要以上に
「その券今月末が期限だから早く行っちゃいなさい」
「うわ、ほんとじゃん」
「どれどれ?」と茜が覗いてくるので、指さしながら見せる。
母の言う通り確かに今月末が期限になっていた。
「まあ居候ができたって聞いたときは驚いたけど、うまくやってるみたいならよかったよ」
ほっとしたような顔を見せると、母はそう言った。
上手くね……。
これでいいのかなって思うときもたまにあるんだけどな。
「今日この後はどうするの?」
「ああ、もう行くよ。これが渡したかっていうのと、どんな人と暮らしてるのか見たかっただけだからね」
そんな一瞬で帰るならあんなに気負う必要はなかったのかな?
「その前にちょっと茜さんと話していい?」
「いいけど、変なこと吹き込むなよ」
「大丈夫よ、そんなことしないって」
そう言うと茜を連れ別の部屋に行ってしまった。
「大丈夫かな……」
「そんな心配?」
「まあそりゃね」
そう陽菜に尋ねるも、人の気も知らないでのんきに「大丈夫でしょ」と言ってきた。
ただ本当に大丈夫なんだろうか。
なに話すかわからないし。
なんか茜が全部ばらしそうで怖いんだよな。
「なんとかなるって、茜ちゃんも言っていいこととだめなことの分別ぐらいはついてるよ」
「だといいんだけどね~」
「気にしすぎだよ、お母さんはお兄ちゃんが選んだ人ならどんな人でも反対はしないよ」
問題は予想外のことをしてる点なんだよな。
想像の範囲内なら反対はしないだろうけど、さすがに元カノに首輪つけて飼ってるは無理だろ。
「ただいま」
「おかえり、どうだった?」
テンションは行く前と変わってなさそうだし、特に詰められたとかではないかな?
「ちょっと世間話をね、楽しかったよ」
「じゃあ行くけど、なにかあったら連絡しな、すぐ帰ってくるから」
ひょっこりと顔をのぞかせそれだけ言うと、すたすたと玄関まで行ってしまった。
「ああわかってるよ、気をつけてな。温泉ありがとう」
「陽菜にもちゃんとお礼言いなよ」
「じゃ」っと言うと母は
三人で見送るなか、茜だけが見えなくなるまで深々と頭を下げ続けていた。
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