第32話「茜との日常」

「イチャイチャは終わった?」

「別にイチャイチャしてたわけじゃ……」

あかねちゃんに心配かけた分イチャイチャしてもらってもかまわないんだけど」


 そう言いながら陽菜ひなが連れてきた冬木ふゆきは目と口がおおわれていた。

 俺がいないところでよっぱどさわいだのだろうか。


「話は済んだの?」


 地面に転がされた冬木を指さしそう尋ねる。


「私の分はね、今度は茜ちゃんの番」


 そう言われて茜の方を見ると、全校生徒の前で発表するような暗い面持ちをしていた。


「大丈夫なの?」

「さあ? 茜ちゃん本人に聞いてよ」


 陽菜はそう言うが、とても話しかけられる雰囲気をしていなかった。


「ところで陽菜はこいつとなに話したんだ?」

「教えないよ、教えたらわざわざ二人きりで”お話”した意味が無くなっちゃうし」

「そうですか……」

「そういえば渡すものがあったっけ、ねえ茜ちゃんあれ」


 陽菜がそう声を掛けると、今にも気絶しそうな顔をした茜がやってきた。


「ねえこれ今朝着けていかなかったでしょ、手出して」


 何のことだ?

 不思議に思いながらも、手のひらを上に向け差し出す。


「向き違う、こっち」


 そう言って震えた手で俺の手をつかむと、上下をひっくり返す。

 何もわからず茜の行動をじっと見ていると、手にきらりと光るものを持っていた。


「明日からは毎日つけてほしいな」


 そう言うと、昨日俺がやったようにそっと左手の薬指に指輪を通してきた。

 そういえば帰ってからバタバタしてたから、陽菜に返してもらうの忘れたな。


「わかったつけるよ、ごめんね」

「大丈夫、あとこれも……」


 恥ずかしそうに手渡してきたのは、見慣れた赤い革だった。

 ああこれか。

 茜はぎゅっと目をつむり、真っ白な首をさらけ出している。


「あのーお二人さん?」


 首の後ろに手を回すと、ドアを叩きながら陽菜が話しかけてきた。


「どうした?」


 慌てて陽菜の方を向き首輪を背中で隠す。


「水飲んでくるから終わったら呼んでね、終わるまで呼びに来なくていいから」


 若干イラついていそうなトーンでそう言うと、廊下の方へ消えて行った。


「怒らせちゃった、かな?」

「陽菜がイチャイチャしていいって言ってたし多分大丈夫でしょ」

「そうだね、じゃあお願いしてもいい?」


 ぎゅっと目を閉じると、茜はまた無防備にあごを上げた。

 さすがに慣れてくるもので自分のボタンを留めるのと同じくらい簡単に着けることができた。


「はい、完了!」

「ありがとう」


 首輪が着いたのを確認すると、茜は力強く抱きしめ、キスをしてきた。


「ねえもう一回いいかな……」

「いいよ」


 ゆっくりと唇を重ねる。

 一生このままでもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、ガンガンと床を叩く音が聞こえる。

 ああそういえばいたっけな。

 耳まではふさがれてなかったんだな。

 急いでキスを止めると、茜は照れと苦笑いが混ざったような独特な笑みを浮かべていた。


「私、陽菜さん呼んでくるね。帰ったら続きしよう」


 顔を真っ赤にしながらそう言うと陽菜の名前を呼びながら廊下に消えて行った。

 彼女が完全に見えなくなるのを確認すると、そっと冬木の口をふさいでいたガムテープを剥いだ。


「茜と話する前に何か言うことある?」

「ふざけないで! なに今の? 当てつけ?」

「別に当てつけじゃないよ」


 どこまで聞こえてたのかはわからないけど、まあ陽菜の発言で大体さっせられるか。


「ならなに? そんなにあの女がいいわけ? 薄っぺらい愛情しか向けて来ないあの女が」

「お前のだって対して変わらないだろ」

「それでも私は裏切らないよ。どんなことがあっても、誰に邪魔されようとも絶対に冷めないし、達也クンを悲しませたりしないよ」


 仮に何か身勝手な理由で茜が振ったとしても、それで俺の気持ちが変わるわけではない。

 それと同じでどんなに愛されていようとも、もう冬木を好きになることはないだろう。


「俺はそんなこと望んでない。何度騙されて裏切られたとしても茜のことが好きだ」

「ねえ私の達也クンはそんなこと言わない……。目覚ましてよ」


 そう言うと冬木はしゃくりあげ始めた。

 緩めに貼られたガムテープの隙間から涙がこぼれるのが見える。


「ねえ……、私が先に告白してたら、私たち付き合えたかな……?」


 可能性だけで言えば無きにしも非ずといったところだろう。

 ただそれを言うと、もし冬木や茜より先に付き合ってる人がいたら、二人とも振っていた可能性もある。

 ただどう伝えるのが正解だろうか、と悩んでいると息を切らした茜が戻ってきた。


「ねえ達也、大丈夫? なにかされた?」

「なにもされてない、安心して」

「だから言ったじゃん、手足縛ってるんだし二人きりでも大丈夫だって」


 なかば呆れ顔の陽菜を他所よそに、不安そうな顔をしながら茜は俺の手を取った。


「意外と早かったね、全部終わってから呼ばれると思ってたよ」

「まあね」


 邪魔が入らなきゃもっとやってたよ、とは口が裂けても言えなかった。


「ねえ茜、もうあいつと話せそう?」

「大丈夫だよ、ちゃんと話せる」


 そう言うと、覚悟を決めたかのようにぎゅっと手を握ってくる。

 よかった。

 そう思っていると、陽菜がこっちを手招きしていた。


「ごめん、ちょっと陽菜と話してくる」

「わかった行ってらっしゃい」

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