第33話「達也ののぞき見」

「なんの用?」

「なにってお兄ちゃんが聞いてたら本心で話せないかもしれないじゃん」

「ああ、まあそうだね」


 ならなんでこっちに戻ってきたんだよ。

 あいつだけ連れて行けばいいだろ。

 なんて言いたかったが今更そんなことを言ったところで意味がないのくらい充分にわかっていた。

 また冬木を連れてどこかに行くのは大変そうだしな。


「だから茜ちゃんが自分の気持ちを話せる環境を作ってあげたいんだけど、協力してくれるよね?」

「わかったよ」


 大きなため息をつきながらなるべく部屋から離れるようどこにたどり着くのかわからない廊下を進む。

 ある程度離れただろうかと思ったところで、後ろから「ねぇ」と声を掛けられた。


「飼い主としては自分の飼い猫がなに話すか気になるんじゃない?」

「まあそりゃね……」


 陽菜がなにを話したかも気になるが、因縁のありそうな二人が何を話すかは余計気になった。

 ただ茜が言いたいことを言うために聞かないほうがいいというのはわかっているつもりだった。


「ただ聞くわけにはいかないだろ。俺がいると話しにくいだろって陽菜だって言ってたわけだし」

「大丈夫教えてあげるよ」


 そう言うと、突然スマホが鳴り出した。

 ん?

 通話?

 なんだと思って見ると画面には妹と出ている。


「どういうこと?」

「まあ黙って見てなよ」


 そう言うと、無機質な黒背景からビデオ映像に切り替わった。

 こいつ。

 自分の時はなに話してたか教えなかったくせに他人の時はばらすのか。

 ただまあ気になるのは事実だしな。

 これで切ってもうるさいこと言われそうだし。


「バレんなよ」

「当たり前じゃん」


 自信満々にそれだけ言うと茜たちの下に戻っていった。


「さてと、今どんな感じかな」


 若干揺れる画面を覗き込むと茜の背中とあいつの顔が見える位置で固定された。


「黙って突っ立ってるんなら、さっさと達也クンを置いて帰って!」


 一向になにも話そうとしない茜に嫌気がさしたのか、冬木はそう口火を切った。


「お兄ちゃん追いやったし、聞かれたくないこと全部言っちゃいなよ」


 そう陽菜に促されると茜は黙ってその場に座り込み、冬木の目を覆っていたガムテープをはがし始める。


「やっぱり冬木さんって綺麗な顔してますよね」

「は? 喧嘩売ってるの?」

「喧嘩売ってるわけじゃないです。肌も綺麗だしほんとに整っててお人形みたいだなって思って」


 茜は自分と冬木の頬を交互につまみながらそう言う。

 まるで感触の違いを楽しんでいるようだった。


「それでも選ばれたのはあんたでしょ、自慢でもしたいわけ?」

「選ばれてないですよ。まだ別れたままです」

「嘘、あんな付き合ってるように振舞ふるまっててまだ別れたまま? 馬鹿にしないで」


 茜の言う通り、まだ復縁はしてない。

 家に来た時決めたのは飼うということだけだし。

 色々やったけどそれもすべて恋人だからやったわけではない。

 あの指輪だって、首輪の代わり以上の意味は持ってないと言っていた。


「ずっと勘違いしてると思うのでこの際訂正しますけど、私たち付き合ってませんよ。飼い主と飼い猫の関係です」

「え?」

「だから冬木さんが付き合っても私はなにも言えません」


 冬木は信じられないという驚愕きょうがくの視線をカメラに向けてくる。

 角度的に当たり前だが、あいつには別の場所で見ているのがバレているらしい。

 さすがに陽菜に向けたということはないだろう。


「けど黙って譲り渡す気もないですからね」

「それは狙っていいってことなの?」

「いいですよ、本当に振り向かせられる自信があるなら狙ってください」


 相変わらず冬木はとんでもないバカを見るような目線でこちらを見てくる。

 まあ茜が付き合っていると宣言した以上誤解もするか。


「この髪型もメイクも全部彼好みのやつですよね?」

「そうだけど……、なにが言いたいわけ?」

「付き合えるといいですね、振った私が言っても説得力ないかもしれませんが、一度失ったら二度と代わりの人が出てこないと思えないくらい、いい彼氏ですよ」


 一体茜は今どんな顔をして話しているのだろうか。

 その場にいればのぞき込むこともできそうだが、陽菜に顔を映してくれとは言えないし、仮にその場にいたとしても直接顔を覗き込む覚悟はなかった。


「なんでそんな他人に甘いのよ……、そんなこと言われたら嫌えないじゃん……」

「甘くないですよ、そうでもしないと愛されてるって自信が持てないので。今後ずっと私より好みの人がいたかもしれないって思いながら付き合いたくないんです。どうせなら外見も内面も私より優れている人を見たうえで私を選んでほしいから」


 冬木の話と今の茜の話を合わせて考えると、また付き合える可能性が非常に高いと言うのはわかった。

 ただカメラ越しから雰囲気を察する限り、軽々しく関係修復を口に出してはいけないと言うこともわかった。


「馬鹿みたい」

「え、バカ?」

「私のこと。ねえほどいてよ」


 諦めたような笑顔を見せると、冬木は軽く肩を動かす。

 陽菜が茜に目配せしたのか急に画面がシャッフルされる。

 どうやらほどいていいということになったらしい。


「変な気起こさないでくださいね」

「起こすわけないでしょ、こんな勝ち目のない状況で」


 まあ物理的に見ても恋愛的に見ても冬木に勝ち目はないだろう。

 俺はどんな顔してここに居たらいいのかわからないけど。

 画面が戻ると、立ち上がった冬木は真正面から茜を見つめて言った。


「貴女みたいな人大嫌い!」

「知ってます。私も身勝手な理由で振った自分が大嫌いですから」


 冬木が全部諦めたように軽く笑うと、静寂せいじゃくが広がる。


「じゃあこれでもう話すことないかな」


 陽菜は一つ手を叩くと、そう確認をした。


「大丈夫です」

「わかったじゃあお兄ちゃん呼んでくるから」


 そう言う陽菜の声が聞こえたあと一方的に通話が切られた。


「感想は?」


 壁にもたれかかってるのを見つけるや否やそう話しかけてきた。


「教えるわけないじゃん。陽菜がなに話したか教えてくれないし」


 正直茜の本心が知れてうれしいより、盗み聞いてしまった罪悪感の方が勝っていた。

 ただ相変わらず茜に好かれていると知れたのはよかったかもしれない。


「ふーん、まあいいななら行こう」


 戻るや否や茜は思わず倒れそうになる勢いで飛びついてきた。


「おかえり達也。ごめんね待たせて」

「大丈夫だよ気にしてない」

「よかった~」


 安心したようにため息を漏らすと茜はまるで冬木に見せつけるように手を握ってきた。


「じゃあ言いたいことは全部言えたし帰ろう」

「そうだね」


 ――――――――

 お知らせ


 新連載を開始しました

「楓の葉は紅に染まる~彼女を亡くしたその日彼女の妹と付き合うことになりました!? 姉の代わりとして付き合わせてほしいってどういうことだよ?!~」は下記URLから読むことができます。

 少しでも気になったら読んでいただけると嬉しいです。


 https://kakuyomu.jp/works/16817139558887535814

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