第14話「二人の日常」

 時計を確認すると、時刻はもう少しで7時になるところだった。


「やばっ、寝坊じゃん!」


 そりゃ陽菜ひなも不機嫌になるわ。

 などと思いながら急いで服を探すと、慌ただしくあかねに話しかける。


「ごめん、朝ごはん作るからゆっくりしてて」

「私も手伝うよ、私のせいで毎日作ることになったんだし」


 そう申し訳なさそうに笑うと、脱ぎ散らかされた服の中から自分のものを探し始めた。


「わかったありがとう」

「何作る予定?」

「うーんわかんない、なんか冷蔵庫にあるもので適当に」


 これ以上時間のロスがないよう急いでキッチンまで行くと、勢いよく冷蔵庫を開ける。


 閑散かんさんとした中に使いかけの大根と、鮭を見つけた。

 そのほかにもいくつか見慣れない瓶があったが、中に入っていた粉末が昨日茜が食べたものとそっくりな色をしていたので、記憶のふたと一緒に冷蔵庫を閉じた。


「グリルで魚焼ける?」

「焼けるよ大丈夫」


 そう言いながらどこが魚焼きグリルのスイッチか探し始める。


「ならこれをお願い」


 鮭の切り身を手渡すと、大根の準備を始めた。

 味噌汁でいいか。


「ねえ達也、これ二尾しか入ってないけど」

「知ってる、俺はなんか適当なので食べるから鮭は二人で食べて」

「え、けど悪いよ」

「大丈夫。それに多分食べてる時間がないから」


「気にしないで」と言いながら水を張った鍋に短冊切りにした大根を適当に放りこむ。

 カチカチという耳障りのいい放電音のあと、ボッと一気に火が付いた。


「鮭は任せた、大根は沸騰待ち、あとは……米か」


 簡易的にやることを確認すると、今更ながら炊飯器すいはんきのふたを開けた。

 ボアっという蒸気じょうきかたまりのあと、最高の状態で米がき上がった米が見える。

 やっぱ文明の利器りきは違うな。

 これがないと毎朝戦場で戦う兵士の気分になるな、などと考えながら炊飯器ごと食卓に運ぶ。


「鮭平気?」

「たぶん大丈夫」


 グリルとにらめっこしている茜は目線を外さずそう言った。


「ならあとは味噌汁かな」


 鍋の中を見ると、大根に混じってふつふつと小さな泡が見え隠れしていた。

 いい感じだなと思いながら、冷蔵庫の方へ向かうと彼女とぶつかる。


「あ、ごめん」

「二人だと、ちょっと狭いかな」


 今度はこちらをしっかりと見て、少しはにかみながらそう言った。


「まだお互い動きなれてないしね」などと口を動かしつつも、味噌を溶く準備を始める。


 二人でやったせいだろうか、鮭を気にしなくていいというだけで大分調理が楽になった気がした。

 一息つこうかと思ったが作り始めた時点でほぼ7時だったのを思い出し、慌てて時間を確認する。

 乱暴らんぼうにスマホを付けると、時刻は7時半前を示していた。

 これ以上遅くなると遅刻になりそうだ。


「鮭と一緒に味噌汁もお願い」


 洗面所に向かいながらそう指示を飛ばすと、急いで身支度みじたくを整える。


「まあいいだろう」


 決して完璧にできたわけではない。

 ただあの短時間でやったと考えれば及第点きゅうだいてんだろうと自画自賛じがじさんしながら、声をかけた。


「ごめん時間やばそうだからもう行くけど、大丈夫?」

「もう一人でもできるよ」

「皿とかそこらへんに入ってるから」


 そうやって大雑把おおざっぱな位置を指し示すと、急いで靴に足をねじ込んだ。


「じゃあ行ってくるから」

「気を付けていってらっしゃい」


 ドアノブに手を掛けると、見送りに来てくれた彼女に呼び止められた。


「あ、待って」

「どうした?」


 不思議そうに振り返ると、そっと唇を合わせてきた。


「ごめん引き留めて、バイト終わったころに連絡するから」


 一瞬事態を飲み込めず、気の抜けた返事をすると、再度「気を付けてね」と言い手を振ってきた。

 その日玄関から見た景色は少しだけカラフルだった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る