第15話「バイト仲間からの質問」

「あぶねー何とか間に合った」


 着替えを終え、更衣室から出るとそうほっとつぶやく。


「今日はギリギリだね、達也たつやクン」


 タイミングよく女性用更衣室から出てきた同僚――冬木ふゆき真帆まほにそう話しかけられた。

「おはよー」といいながら小さく手を振っている。


「おはよう、ちょっと寝坊しちゃって」

「へー珍しい、達也クンが寝坊とかあるんだ」


 などと言いながらおかしそうにクスクスと笑う。


「冬木も今日早いじゃん、いつも遅刻してるくせに」

「いつもじゃないよ、まれにだよ」


 そう言って遅刻した回数を指で数え始めた。


「いやーまれに遅刻する人は半年連続ワースト遅刻数をたたき出さないし、よくでしょ」

「えーそうかな。あ、そうだ」


 思い出したようにポケットをさぐると、スマホを取り出す。


「なに?」

「遅刻で思い出したけど、今月の最多遅刻者の写真貼るっていうから取ってきたの。可愛くない?」


 画面を見せてくるが、ほどほどに盛られたその写真は確かにかわいかった。


「ただあんま加工したわりに顔に変化ない?」


 何度かスマホと彼女の顔を見比べるが、ほぼ違いが見つからなかった。


「だって元がいいから」


 満面の笑みを見せた冬木は、お世辞抜きでもかわいいと言える顔をしていた。

 実際何度かファッション雑誌から声がかかったことがあるらしい。

 それにうちの店にも彼女目当てで来ているのだろうという人が何人もいた。


「あーそうだね、そろそろ時間だし行こうぜ」


 時計を指さすと、すでに就業時間の五分前ほどになっていた。

 これ以上ここで話に付き合っていると、本当に遅刻になってしまいそうだ。


「達也クン私のことかわいいって言ってくれないよね、聞きたいな~」


 そう言いながら彼女は何種類もの写真を見せてくる。

 よっぽど撮るのが好きなんだろう、どんなに見せても彼女の写真が尽きる様子がなかった。


「はいはいあとでね」


 適当にあしらいながら、「ほら行くぞ」と呼びかける。


 ◇


 あと少しで終わりか。

 シフト交代まであと少しであることを確認すると、小さく伸びをした。

 客足を見る限り残業しなくて良さそうだ。


「よかった……」

「ねえなにがいいの?」


 フウッと気を抜くと、突然冬木が話しかけてきた。

 気を抜きすぎて心の声まで漏れていたらしい。


「いやなんでもないよ」

「そんなことないでしょ、今日ずっと時計見てたの知ってるから」


 見られてたのか。


「で、仕事終わりの時間を熱心に気にする達也クンの予定はなに?」

「なんもないって」


 じっと見つめてくる視線に耐えられず、たまらず目を逸らした。


「あ、嘘ついてる」

「ついてないって」


 彼女に追及されているとき、なぜか頭には嬉しそうに「わかった、じゃあ明日ね」と笑うあかねが浮かんだ。


「うーんあんな時間気にするってことは誰かとデートかな」

「デートじゃないって」


 実際にただ荷物を取りに行くだけだし、デートでも何でもない。

 自分にそう言い聞かせるようになんとか平静をよそおってそう答えた。

 ただバレバレだったらしい。


「にやついたし当たってそう。めっちゃうれしそうな顔してるよ」

「教えても幸せは減らないぞ~」などと言いながら、人差し指でみぞおちの上あたりをそっと押す。


「いやーほんとなんでもないって」

「なら今日一緒に帰ろう?」


 さっきのふざけた態度から一遍、急にまじめな顔になりそう言った。


「冬木は今日一日の日だろ、無理だって」

「大丈夫だよ、適当に誤魔化ごまかすから」


 そう言って店長の所に行こうとする彼女の腕を慌ててつかむ。

 茜と先約がある以上一緒に帰れないし、なるべく誤解を招くようなことはしたくなかった。


「今日は無理」

「えーなら彼女さんとデートとかなら諦めるけど、なんで無理なの?」

「彼女……、ではないけど……」


 茜のことをなんと説明したらいいかわからなかった。

 復縁したわけではないので彼女ではない。

 ただあの関係を元カノというのはなんか違う気がしたし、猫とは口が裂けても言えない。


「うーん言う気がないならいいや、なら別の日にご飯食べ行こう」


 絡み飽きたのか、これ以上言っても無駄だとわかったらしい。

 急に素っ気ない態度になりそう言った。


「それなら……、まあ」


 それすら拒否すると彼女が何を言ってくるかわからなかったので、受け入れざるを得ない。

 まあ後で理由をつけてキャンセルすればいいだろう、冬木には悪いけど。


「じゃあまた後でね、私は仕事戻るから」

「わかった、お先です」


 そう話を切り上げると、一人薄暗いバックヤードへ向かって歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る