第13話「茜の誘惑(2)」

「今何時だ……」


 スマホを立ち上げると画面には6時36分と表示されていた。

 アラームが鳴るまであと10分ぐらいある。


「まだ大丈夫か」


 起こさないよう静かにベッドに戻ると、寝顔を確認する。

 気持ちよさそうな寝息を立てているのはやはり元カノの茜だった。

 昨日の飼う飼わないってやっぱ夢じゃなかったのか。

 安心しきった顔で寝てる姿を見るのは久しぶりだな。


「やっぱかわいい顔してんな」


 何度か頭を撫でると、少し汗ばんだ髪が手にまとわりつく。

 昨日風呂入ったはずなのにすごい汗かいてる。

 などと考えたが掛け布団の隙間から見えた一糸まとわぬ彼女を見ると、寝ぼけていた頭が急にえ始めた。

 ああそうか昨日……。


 昨日は再会した熱にでもほだされていたのだろう。

 朝起きて冷静な頭で考えると、とんでもないことをしてしまったのではないかと思う。


「猫としてならって思ったけど、結局これだと元カノと変わんないじゃん」


 一度別れたらもう縁を切ろうと思ってたんだけどな……。

 引きずっても辛いし、迷惑かけるかもしれなし。

 それにずぶずぶと関係が続いたせいでお互い次に進まなくても後味悪いしな。

 ただ彼女の安心しきった寝顔を見ると、今更やはり飼うことはできないと言えなかった。


「振るなら二度顔見たくないくらい嫌ってから振ってくれよ」


 無責任に関係を持ってしまった後悔と、消えかかっていたとはいえ未練みれんしかなかった元カノとやり直せるかもしれないという安堵あんどが頭の中を駆け巡っているとき、突然アラームが鳴り始めた。


 慌てて止めようと手を伸ばすが、少し離れたところに置いてしまったので手が届かない。

 何とかベッドに入ったまま止めようと試行錯誤していると、それより先に目を覚ましたらしい。

 背後から眠気交じりの声で「おはよ」と聞こえる。


「おはよう、ごめん起こしちゃったか」

「大丈夫だよ」

「寝られそうならもうちょっと寝ててもいいよ」

「平気だよ、それより昨日の夜が今までで一番やばかった、もうずっと猫でもいい」


 寝ぼけているのか全体重を預けながらそう言ってくる。


「またしたい、もう戻れないよ」


 彼女は何度も小さなキスを重ねる。


「いっぱいかわいい声だしてたもんね」

「もうやめてって言ってるのに無理やり続けるんだもん、おかしくなっちゃう」


 そう言いながら愛おしそうに自分の腹をでた。


「どうした?」

「なんかすごい今満たされてるなって思って、もう二度と達也たつやに相手にしてもらえないと思ってたから」


 ふと脳裏に『責任取る気がないうちは、茜ちゃんをどうにかしようと思わないでね』というセリフが思い起こされる。


「やっぱ次からはちゃんとしようよ」

「達也は危ないの嫌い?」

「いやけど……」


 仮に飼っているとしても恋人でない以上、昨日みたいなことはもうできないと言おうとしたが、彼女の幸せそうな目がその言葉を飲み込ませた。


「いいよちゃんとしなくて、なにか起きた時は半野良にして目の届かないところに置いた陽菜ひなさんと私が悪いの。達也は心配しないで」


 また力強く抱きしめながらうわ言のように呟いた。


「大丈夫だよ。私もう間違えないから」


「なにが?」と聞こうとしたとき、何回かドアがノックされた。


「お兄ちゃん?」

「なに?」


 返事をすると、陽菜は躊躇ちゅうちょなくドアを開けた。


 入るや否や散らばった服などに気が付いたらしい。

 一通り部屋の中をながめると、最後に抱きついている茜を見て勝ちほこったように笑った。


「そんな元気なら朝ごはん作れるよね、よ ろ し く」


 わざとらしく最後を強調すると、ものすごい音でドアを閉めいなくなってしまった。

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