第12話「茜の誘惑(1)」
「クソっ……、責任ってなんだよ……」
シャワーを浴びながらそう
あの
「それに大丈夫ってなにがだよ……」
触られたあの感覚を洗い流すように、シャワーの勢いを最大出力にする。
少し皮膚にめり込むような水圧が、答えのない考えも洗い流してくれた気がした。
「
滝行の代わりと言わんばかりの水量で体を流していると、外からそう呼びかけられた。
慌ててシャワーを止め、「なに?」と聞き返す。
「着替え忘れてたでしょ? ここに置いておくから」
「ありがとう」
そういえば、手ぶらで風呂に来たんだった。
あのすこし不気味さが
「ねえ達也、私のこと飼いたくないなら言ってね」
「飼いた……、いや一緒に居たいと思ってる」
ただもし陽菜が猫ではなく元カノとして連れてきた場合、全力で拒否しただろう。
猫というカムフラージュがあったからこそ、元恋人という関係性にとらわれず受け入れられたのかもしれない。
けどそれでもまた話せるようになったのだから一緒に居たい。
そんなことを考えてると、茜は
「わかった……、今日一緒に寝られるの楽しみにしてる。私に気を
そう一方的に言い放つと、返事も聞かず去っていった。
「……わかってるよ」
受け取り手のいない返事が静かに水の中へ溶けていく。
そんな気を遣うぐらいなら
髪も乾かし、どんな顔で部屋に入ろうかと
「あ、達也!」
茜は俺に気が付くと、さっきのことが嘘のような明るい声で話しかけてくる。
なんと声を掛けようかと考えてるうちに彼女は続けた。
「入らないの?」
「ごめん、入るよ」
顔を合わすのが気まずかったから入れなかったとはとても言えなかった。
ドアを開けると、先に入るよう促す。
ずっといたせいだろうか。
さっきは気が付かなかったが、自分の部屋とは思えない甘い匂いで満たされていた。
「懐かしいな……」
「なにが?」
久しぶりにその匂いを嗅いで落ち着いたせいだろう。
考えが口からこぼれていたらしい。
不思議そうな顔をしながらこちらを見てくる。
「いや部屋の匂いが茜の家と同じになってるなって思って」
「あ、もしかして嫌だった?」
「ごめん、服出したからかも」と言いながら彼女は慌てて片付け始めた。
「大丈夫、嫌じゃない」
正直別れた直後は似たようなにおいを嗅ぐたびに今までの日常を思い出して
もうあの頃には戻れないし、もう二度と直接あの香りを嗅ぐことがないという現実と記憶とのギャップが俺を苦しめた。
ただもうそんなことを気にしなくていい。
そう思うとこの香りは好きなものに変わっていた。
「そういえば服それだけで足りるのか?」
茜が出していた服は三、四枚程度であり、雨なんか降ったらたちまち着る服が無くなりそうだった。
「そのことなんだけどね……」
少し考える
「実はまだ向こうの家に置いてあって取ってこようと思ってるんだけど、付いて来てくれない?」
「午前はバイトあるし、午後ならいいよ」
間違っていないよなとシフト表を確認すると、確かに明日の午前出勤となっている。
「わかった、なら何時にバイト先行けばいい?」
「一時半ぐらいに来てくれれば多分終わってる、場所は前働いていたところから変わってないから」
「わかった、じゃあ明日ね」
嬉しそうにそう言うと、荷物の整理に戻っていった。
「あとはさっさと
そう思ってスマホを付けると、もうすでに11時と表示されていた。
やっば、明日から朝作らないとだし、このままだと寝坊する。
長々打ちかけていたLINEをすべて消すと、一言「居候ができた、陽菜の友達」とだけ親に送り、電源を切った。
「じゃあ先寝るから、寝る時電気消してくれ」
こっちを向いたのでそこな、とスイッチを指さすと彼女は言った。
「なら私ももう寝るよ、荷物の整理はまた明日でもできるし」
パチッと電気を消すと、ベッドに滑り込んでくる。
二人で寝るとぎりぎりなせいか、普段以上に密着した茜の体温は湯たんぽのような安心感をもたらしてくれた。
月明りによって薄っすらと見える彼女の顔は普段以上にきれいだった。
そんな彼女に見とれていると、足を絡ませてくる。
「寝ないの?」
そう聞くと少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか見られてると思うと眠れなくて」
「なら反対側向こうか?」
態勢を変えようと起き上がると、「このままでいい」と言ってがっちりと足を絡められた。
動けない……。
「けど茜寝れないじゃん」
「寝落ちするところ見たいし平気」
暗闇で見えにくいとは言えじっと見つめられるのは少し気恥ずかしかった。
まあさっき見てたから人のことは言えないんだろうけど。
「茜が寝てくれないと俺も寝られないんだけど」
「ならどっちかが寝るまで疲れることしよう」
彼女は暗闇のなか立ち上がると、なにやら探しものを始めた。
「どうした?」
ベッドの上から
中に何か入っているのかと振ると、動く様子がなく空箱であると簡単にわかった。
「もうなくなっちゃった……」
箱のパッケージを月明りに照らして確認するが、これに代わりになるようなものは持ってない。
「俺も別れてから使ってないし、ないぞ」
「そっか、よかった使ってなくて」
そうほっとしたように呟きながら距離を詰めると、
「今だけは猫のままでいいよね」
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